7月下旬から始まった、アツシさんとの歩行練習。
お互いのスケジュールを調整しながら、1回30分の歩行練習を週2回継続しており、自費サービスとして報酬を頂いています。
一方、介護保険における訪問リハビリテーション(以下訪問リハ)は、ケアマネージャーが作成するケアプランに準じて、医師からの指示書に基づいて行われます。決められた時間内に国家資格を持つ専門職が理学療法や作業療法、言語聴覚療法を行うことで保険を請求できる仕組みです。
当たり前かもしれませんが介護保険の訪問リハは基本的にリハビリしかやってはいけません。
例えば、理学療法士の私が介護保険の訪問リハとして、あるご自宅に伺ったとします。
その利用者さんに、
「玄関の電球が切れているから、交換して。」
「この手紙、ポストに投函してきてもらえる?」
「扇風機出してもらえる?」
「庭の雑草が気になるから抜いて欲しい。」
などのお願い事されても応えることはできません。
なぜならそれらが理学療法ではないからです。
公的資金を無駄なくあらゆる人に適切に使うためにはルールが必要です。
現場では、きっと様々な工夫をして対応している方もいると思いますが基本的にはそういうことになっています。
私はアツシさんからの依頼を受けて歩行練習の他にいろいろなお手伝いをしています。
エアコンのフィルター掃除:脚立に登っての作業が困難
組み立て式家具や空気清浄機の設置:細かい作業や重いものを運ぶのが困難
庭の雑草取りと剪定:腰をかがめての作業が困難
書類の必要事項の代筆及び投函:書字困難
特に特定医療費受給者の更新手続きが大変でした。アツシさんは脊髄小脳変性症で国の定めた指定難病で、その認定を更新するための手続きが必要です。
まず、その手続きにとにかく書類がたくさん必要でした。その中には、病状を証明する為の医師が記載する調査票なども含まれます。
「治らないから難病なんだろうに。更新とか必要なのかな。毎回、面倒なんだよ。」とアツシさん。
ご本人だから言える、ごもっともな言葉が口からついて出ます。
脊髄小脳変性症は、手の動きの調節もうまくできなくなります。つまり、文字を書くことも難しいのです。
難病の認定を更新するために、難病が原因で不得意となった外出や書字を強いられる。これは、いろいろと改善が必要だと気づくことができました。
お互いの予定が合えば、歩行練習後に近くの飲食店に行くこともあります。
電動車椅子を店先に置いて、店内へは杖で歩いて入ります。
歩行練習を始めて半月くらいが経った頃の8月中旬。その日も食事をしながら、今後やりたいことの話になりました。
アツシさん:電動車椅子で海外旅行に行ってみたい。
私:なるほど、どこに行きたいですか?
アツシさん:取りあえず、近場の韓国あたりで試してみたいな。
私:一緒に行きましょうよ!
と、とっさに返答しつつ、頭の中では、(寒い時期は避けるとして、来年の春くらいならなんとか予定を調整できそうだな。)
アツシさん:今年だったら寒くなる前の10月くらいがベストだね。
私:今年ですか!? 準備もあるし来年の春くらいでも、、、
アツシさん:来年の春になったら、今くらい歩けているかわからないから。
私はその時、パチっ!と目の前で手を叩かれた感覚になりました。
進行性難病であることは理学療法士としても理解していたはずでしたが、知識として理解していることと、実感していること。その間にはギャップがありました。
アツシさん自身が実感している目の前の砂時計。
その落ちるスピード。
私はその言葉を聞くまで、実感できてはいなかったのだと思います。
私は、すぐに手帳をと取り出し、10月の日程を確認しました。
(学会発表の前の週か。バタバタするな。でも、行けない事はない!)
私:アツシさん、10月、韓国、一緒に行きましょう!
アツシさん:行かない、は無しですよ。笑
人生、勢いが大切な時があります。
それを逃してはなりません。
次の休みに二人で旅行会社に行くことにしました。
電動車椅子ユーザーのアツシさんとの韓国旅行。
この後、私は不自由さを一緒に体験し悔しさを実感することになります。
1980年生まれ。理学療法士。早稲田大学スポーツ科学研究科 スポーツ科学修士課程 修了。東京保健医療専門職大学 専任教員。十条かねたか整形外科で非常勤勤務。2021年外出や旅行を楽しむための身体づくりをサポートするトレーニング・コンディショニング事業「グッドレッグ」を起業。臨床・教育・研究・個人事業に携わりながらセラピストの新たな可能性を模索している。webマガジン「C」編集長。
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