理学療法士としての限界と、恩師からの学び

C magazine for the PT OT ST

理学療法士としての限界と、恩師からの学び|連載第2回

連載:新概念ソマティック・リハ
May 29, 2022

今回は、ソマティックリハビリテーションについて考えることになったきっかけをお話ししたいと思います。

それは、重度のパーキンソン病を患っている方(仮にAさんとします)のリハビリを担当したことでした。

 

理学療法士として感じた限界

 

Aさんは全身の筋緊張が非常に強く、私がどんなに力を入れても手足を曲げることができない状態でした。

寝たきりで、常に大きな声で「ウー、ウー」と唸っていました。寝たきりの人は、体を動かさない状態が続くと関節の動きがどんどん悪くなってしまいます。

学校の授業や実習で学んだのは、できるだけ関節を動かしたり、寝たきりの状態にせず少しでも座位が取れるようにする訓練をする。また、関節の動きが悪くなることを予防することでした。

しかしながら、手足の関節や筋肉にいくら働きかけても動かすことはできませんでした。私は、理学療法士として「こんなにも無力な存在なのか…」と愕然としました。

その時、恩師に学んだことが頭をよぎりました。

 

頭をよぎった恩師からの教え

 

理学療法士としてできることの限界を感じた時、ふと恩師のことが頭によぎりました。

それは首に対するアプローチです。恩師は理学療法士の教員ですが、東洋医学をはじめ“ヒトの問題”について深く学んでいる先生でした。首の緊張を取ると全身の緊張が緩むはず

私は、寝ているAさんの首にそっと触れました。

見ていたご家族は、この理学療法士は何をやっているのだろう、と思ったに違いありません。なぜなら、手足を動かそうともせず、静かに首を触っているのですから。それも数分間。

首に触れてしばらくすると唸り声が止みました。顔の表情も少し穏やかになったように見えました

ご家族は、「これまでもリハビリを受けてきたけど、(唸りもしない)こんな表情は見たことがない」と驚いていました。

私は、Aさんの緊張が緩和したことがわかりました。それから、手足を動かすと先ほどまでのような抵抗は無くなっていました。正直、これほど効果があるとは思いもよりませんでした。

同時に、深い森を彷徨っている最中に道を発見したような感覚になりました。

 

新しいソマティックリハという概念

 

首に触れていただけで、どうしてそんなに全身の筋緊張が緩和したのか。

パーキンソン病では大脳の基底核と呼ばれる部分の働きが弱くなり、筋緊張などの問題が生じます。首に触れるとこうした問題が改善されるのでしょうか。

残念ながら、その答えはよくわかっていません。

しかしながら首の周囲の筋肉が固くなっていると、全身に影響が及ぶと言われ、自律神経や精神状態にも影響を及ぼすと言われています。※1

私は、自律神経や精神状態、感情・情動といったものがその人の動作に大きな影響を及ぼしていると考えるようになりました。

心と身体を切り離して考えるのではなく、一体の問題として捉えることで、進行性の難病や加齢などによって身体機能がどんどん衰えていく人、疾患の回復が見込めないと言われた人、このような人たちにもっと支援ができるのではないかと思いました。

リハビリで理学療法士が対象者を変えるのではなく、理学療法士が変わるきっかけを与えるのだと、強く認識した瞬間でもあります。

 

【参考】

※1)松井孝嘉,川口 浩.頚部筋群の緊張が全身の不定愁訴に関与している.整形外科 2022 ; 73 ( 1 ) : 88 – 91.

PROFILE
有本邦洋

有本邦洋

理学療法士。保健医療学博士。専門職大学教員。通所リハビリ・訪問リハビリの非常勤。臨床では生活期の幅広い疾患のリハビリテーションに従事。「姿勢と動作を見れば問題点がわかる」をモットーに、姿勢・動作観察から問題点へのアプローチ(徒手や教示)を得意とする。また、自律神経系や情動が心身機能や身体運動におよぼす影響について研究している。
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