ポイント
舌骨上筋は嚥下時に気道防御や食道入口部の開大に関与する重要な筋肉です。そのため舌骨上筋の筋力低下は嚥下障害の原因となります。一方で、舌骨上筋は口を開ける時にも働きます。そこで、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション分野の戸原 玄教授、柳田 陵介大学院生、神奈川歯科大学附属病院障害者歯科学分野 原 豪志診療科准教授らの研究グループは複数の歯科大学と共同で、地域在住高齢者 403 名の口を開ける力(開口力)を計測し、嚥下障害との関係を調査しました。結果として、開口力の低下が嚥下障害のリスクとなることを明らかにしました。これまでは、舌骨上筋の筋力低下を評価するためには嚥下造影検査※1 という特殊な設備が必要でした。本研究により開口力を計測することで簡易的・非侵襲的に舌骨上筋の筋力評価を行うことが可能であり、摂食嚥下障害の診断に役立てることが可能です。この研究の一部は日本歯科医学会の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Gerontology に、2022 年 1 月 24 日にオンライン版で発表されました。
嚥下障害は、食べ物や飲み物を咬んだり飲み込んだりする機能の障害で、誤嚥や窒息、低栄養の原因となります。重症になると誤嚥性肺炎※2の発症や経口摂取困難を引き起こし、胃瘻※3 などの経管栄養を要するようになります。また、最初はむせやすい、飲み込みにくいといった軽い症状が出て、時間の経過とともに進行する場合が多いため、早い段階で発見し、適切に対処されることが必要です。嚥下障害の原因の一つとして、舌骨上筋の筋力低下が挙げられます。舌骨上筋は嚥下の際にのど仏を持ち上げ、気管を閉じ、食道の入り口を開くことにより、食べ物や飲み物を消化器官に送り込みます。この筋力が衰えることにより、水分や食物が気管に入り、誤嚥を引き起こします。舌骨上筋の筋力低下についてはこれまで、嚥下造影検査という特殊な設備が必要な検査でしか評価することができませんでした。一方で、この舌骨上筋は口を開ける際にも働くことが分かっており、我々は、口を開ける力を計測する開口力計という機器の開発と臨床応用を進めてきました。本研究で
は、開口力計によって計測した開口力が、嚥下障害と関連するかを調査しました。
本研究の対象となった方は、2018 年 11 月から 2020 年 1 月の間に大学病院4施設および地域調査2会場を訪れた方のうち、研究への参加に同意した 65 歳以上の男女計 460 名でした。全員に対して開口力計(図 1)を用いて開口力を計測したほか、舌圧、下腿周囲長、握力、体格指数(BMI)の計測および嚥下障害の有無、日常生活動作、既往歴を聴取しました。開口力は、本気で口を開けた際の力を数値で示すものです。舌骨上筋は口を開ける時に加え、飲み込み時にも収縮し、喉仏を引き上げる働きをすることから、開口力を舌骨上筋の筋力の指標として持ちいました。また舌圧は舌圧計を用いて、専用の風船を口の中に入れ、舌と上顎で思いっきり押しつぶしてもらう際の圧力を計測します。計測値は舌筋の強さの指標として用いられます。下腿周囲長はふくらはぎの太さであり、全身の栄養状態や筋肉量、嚥下機能との関連が報告されています。握力は対象者の利き手の数値が用いられました。BMI は体重を身長の2乗で除したものであり、肥満度の指標として用いられています。また対象者の食形態を調査し、食べている食形態によって嚥下障害の度合いを分類する FOIS (Functional Oral Intake Sclae)を用いて評価しました。口から食事を摂っていない方、つまり、胃瘻などの経管栄養を利用している方や食形態の調整が必要な方を嚥下障害ありと定義しました。さらに、普通の食事を摂っていても、EAT-10 (Eating Assessment Tool-10)というアンケート調査を行い、飲み込みに関する困難さを抱えている方も嚥下障害ありと定義しました。そして日常生活動作についてはバーセル指数を用い、食事や着替えといった日常の基本的な動作について介助が必要でない方を自立と定義しました。460 名のうち、認知症がある方、顎関節症により開口力を計測できなかった方、食形態が明らかでなく嚥下障害の有無を判断できなかった方のデータを除外し、最終的に 403 名のデータが解析に用いられました。まず403 名のデータを元に嚥下障害のある方とない方の特徴を比較したところ、嚥下障害のある方は開口力・舌圧・下腿周囲長・BMI・日常生活動作の5項目について有意に低下していることが分かりました。次に多変量解析を行い、年齢・性別・嚥下障害を引き起こす疾患の有無、舌圧を調整した結果、嚥下障害の有無と有意に関連する因子は、開口力・下腿周囲長・日常生活動作の3項目でした。本研究結果より、開口力が小さいと嚥下障害のリスクとなることが示唆されました。
図1 計測に用いられた開口力計
嚥下時の食道入口部の開大や気道防御において、重要な役割を果たす舌骨上筋の筋力を簡易的に評価をする手法はこれまでありませんでした。本研究により、開口力計を用いて測定される開口力により、舌骨上筋の筋力評価を嚥下障害の指標として有用であることが明らかになりました。開口力は、簡単にかつ身体への侵襲なく計測できることが特徴です。食事中のむせこみや食べ物が喉に残るといった症状を持つ方に対して、開口力を計測することで、場所や職種を問わず、嚥下障害や嚥下機能の低下を早期に発見できる可能性が示唆されました。また、開口力と嚥下障害との関連が明らかになったことから、口を開けるトレーニングを行うことで、開口力が増加し、嚥下機能が向上するということも考えられます。さらに、今回の研究は地域在住の 65 歳以上の方を対象としました。そのため、対象者が病気を持っているとしても、慢性期のものがほとんどでした。今後は脳卒中発症後などの急性期や、その後の回復期においても開口力が嚥下機能の評価に有効か、また慢性期においても近年話題となっているサルコペニア性嚥下障害※4 と関連するかということについて、さらなる検討を進めてまいります。
※1 嚥下造影検査
エックス線に写る水や食べ物を用いて飲み込みの過程や状態を見ることにより、嚥下機能を評価する検査。
※2 誤嚥性肺炎
食べ物や唾液が肺に入り、細菌によって引き起こされる肺炎。
※3 胃瘻
口から食事を摂ることができない場合に、水分や栄養を胃に直接送り込む方法。
※4 サルコペニア性嚥下障害
全身の筋肉と飲み込みに関わる筋肉の両方に筋肉量と筋力の低下が生じることによる嚥下障害。
掲載誌:Gerontology
論文タイトル:Jaw-Opening Force as a Useful Index for Dysphagia: A Cross-Sectional and Multi-Institutional Study
戸原 玄(トハラ ハルカ) Tohara Haruka
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
・研究領域
摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科医療
原 豪志(ハラ コウジ) Hara Koji
神奈川歯科大学附属病院障害者歯科学分野 診療科准教授
・研究領域摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科医療
柳田 陵介(ヤナギダ リョウスケ) Yanagida Ryosuke
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 大学院生
・研究領域
摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科医療
出典:日本の研究.com
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