目が見えない、視覚障がいを抱えた人がバイクに乗る。にわかには信じがたいことだが、体験会は実際に行われている。体験会を主催しているのは「一般社団法人サイドスタンドプロジェクト(SSP)」。2輪のロードレースファンにはおなじみの青木3兄弟の2人がSSPを立ち上げ、「パラモトライダー体験会」を頻繁に行っているのだ。自分の目で奇跡を確認するべく、神奈川県内で行われた同イベントを取材した。
文、写真/青山義明
パラモトライダー体験会では、バイクに乗る際に必要となるライディングギアについては、SSPが必要な装備一式を用意。さらにSSP専属の理学療法士が参加者の問診を行ない、参加の可否を判断している。参加者の抱える障がいはそれぞれだが、この体験会ではこれまで主に脊椎損傷や下肢切断といった下肢障がいを持つ参加者を受け入れてきた。
SSPが持ち込むバイクにはハンドシステムを搭載。左手側のシフトスイッチで変速するので、下肢での操作は必要ない。下肢はベルトで押さえ、ブーツとステップをビンディングで固定する。また、バイクが安定しない停車時や走行開始時は数多くのボランティアスタッフが支える。つまり究極のアナログ対応である。
回数を重ねていくうちに、世間からの注目がアップ。ネットや人づてに次々と新たな参加者が集まる中で、視覚障がい者からの問い合わせがあった。SSPとして「どうしたら安全にバイクに乗ってもらえるか?」をスタッフ内で議論し検討を重ねた結果、受け入れを決めた。
盲目ライダーのライディングにはアウトリガー(補助輪)を装着したサイドアシスト車を使用。補助輪により転倒を防ぐことができるだけでなく、リモコンでエンジンを停止する装置も搭載されているので、コースを外れそうになった際はスタッフが車両を止めることが可能だ。
実際の走行に際して、方向や障害物の有無などの情報は、インカムを通してライダーに伝える。インカムはSSPの活動に協力をしているサインハウスのバイク用Bluetoothインカム「B+com」を使用。指示を出すスタッフも同じものを使用する。
2022年初回のパラモトライダー体験会は1月17日(月)、神奈川県にある向ヶ丘自動車学校の定休日を利用して開催された。SSPでは貸し切り状態で走行ができる場所を探し、サーキットや自動車教習所の協力も得て、この体験会を開催している。
参加者は三人。みな元バイク乗りだが、視覚障がいを負ったことにより、バイクをあきらめていた人たちだ。その中の一人、縫田政広さんは4回目の参加。半年前に同じ場所で行われた体験会でデビューしており、同じ場所に戻ってきたということになる。「前回ここで走行した時は自分もスタッフの皆さんも手探り状態だったけれど、今回は完全に身をゆだねているというか、変な緊張感もなく、しっかり走行を楽しめました」とコメントしてくれた。
加藤直樹さんは、19歳の時に会社の上司が運転する車に同乗中の正面衝突事故により失明。現在はクライミングやウェイクボードなどをアクティブに楽しんでおり、このSSPのことを知った際もその5分後には問い合わせの連絡をしていたという。29年ぶりのバイクで「力がどこに入っているのかわからない」と困惑しながらも走行を楽しんだ。「次は縫田さんが走った同じ(袖ヶ浦の)サーキットで走って、レコード(全盲ライダーのラップタイム記録)を抜きたいです」とコメント。
竹村雄一さんは、網膜色素変性症という病気の診断を受けたのが33歳の時で、その後徐々に視力がなくなっていったという。『バイクに乗りたいなぁ』というツイッターのつぶやきからこのSSPの活動を知ることとなり今回の参加となった。「最初は楽しみと緊張でいっぱいで、走行が終わった今でも緊張しています。初めての走行でしたが、走行のほうは不安もなく走ることができました」という。再びバイクに乗れたことは、楽しさもひとしおだという。
初めて自走できた時のパラモトライダーの歓喜の叫びを、インカムを通して聞くことができた。『もう二度とバイクに乗ることができない』と思っていた参加者たちの喜びの声に、こちらも思わず涙腺が緩んでしまった。多くのボランティアスタッフも同じ気持ちで毎回手伝いに集まっている。SSPではボランティアスタッフも募集しているので、ぜひ皆さんにも一度体験してほしい。
SSPの青木治親さんは「いつかは公道をパラモトライダーみんなで走りたい。それがこのパラモトライダー体験会の目標」と語る。次回のパラモトライダー体験会は会場を西へ移し、鈴鹿サーキットで3月24日(木)に開催予定。仲間さえいれば、自立しないバイクだって乗れる。まさにサイドスタンドである。このプロジェクト名を体現したような体験走行会であった。
出典:ベストカーWeb
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