(2019.5.31 取材:松岡康子)
心停止となった人の心臓の動きを正常に戻す医療機器、AED。
救急車が到着する前に、心臓マッサージ(=胸骨圧迫)とともに使えば、何もしない場合よりも救命率が4倍上がるとされています。
救命に欠かせないAEDですが、「倒れた人が女性だった」ことを理由に使われない、という事態が起きています。
西日本に暮らす44歳の女性は、6年前、あるスポーツ大会に参加しました。知り合いからの声援に、笑顔で手を振る女性。この写真が撮影されたあと、突然倒れました。
近くにいた人が、意識がない女性を見てすぐに心臓マッサージを開始。そして救護車に乗って駆けつけた大会関係者が、大会本部に119番を依頼。救護車にはいざという時のためにAEDが積まれていて、大会関係者はAEDを車から降ろしました。
しかし、AEDが使われることはありませんでした。
119番を要請して5分後、救急車が到着し、救急隊はAEDが必要だと判断してすぐに女性にパッドを装着。到着から2分後、電気ショックが行われました。
しかし、脳に酸素が不足する状態が長く続いたことから、女性には重い意識障害が残りました。今も、寝たきりの生活が続いています。
なぜ救護車に積まれていたAEDが、使われなかったのか。
疑問を投げかけた女性の夫に対し、大会の主催者は「倒れていたのが女性で、駆けつけたのが男性だったから使われなかった」と説明したということです。
夫は「救急車が到着する前にAEDを使ってくれていれば、後遺症がなかった可能性は十分あると思う。責めるつもりはないが、とても悔やまれます」と話していました。
倒れた人が女性だと、男性よりもAEDが使われにくい。そんな調査結果を、最近京都大学などの研究グループがまとめました。
全国の学校の構内で心停止となった子ども232人について、救急隊が到着する前にAEDのパッドが装着されたかどうかを調べたのです。
学校にはAEDの設置が進んでいて、もしもの時にはすぐに使える状態の場合がほとんどです。しかし小学生と中学生では男女に有意な差はありませんでしたが、高校生になると大きな男女差が出ていました。
男子生徒は83.2%なのに対し、女子生徒は55.6%と、その差は30ポイント近くありました。
AEDのパッドは2枚あり、右胸の上と左のわき腹に、直接装着します。
「倒れた人が女性の場合、素肌を出してAEDを使うことに一定の抵抗感があるのではないか」研究チームはそう分析しています。
このニュースが報道された後、ネット上でも「どうせ助けてもセクハラとか言って訴えられる」「社会的地位を失う可能性のデメリットの方がデカイ」など、トラブルをおそれてしまうといった声があがりました。
女性にAEDを使うことで、責任を問われることはあるのでしょうか。
「まず、ありえません」
そう答えてくれたのは、日本AED財団の顧問を務める、武蔵野大学法学部特任教授の樋口範雄さんです。
「善意で人を助けるという救命処置の場合は、対象者を害するという悪意などがないかぎり、民事責任は問われることはありませんし、罪になることもありません。」(樋口さん)
AEDは服をめくったり、開いたりして素肌に直接パッドを貼ります。命を救う目的であれば、責任を問われることはないという見解です。
倒れて意識がない女性に配慮をしながら、救命処置を行う方法もあります。京都大学健康科学センターの石見拓教授に聞きました。
服をすべて脱がす必要はないんです。AEDは電源を入れて2枚のパッドを素肌に貼りますが、下着をずらして貼ることで対応できます。
またパッドを貼った後、その上から服などをかけて肌を隠すようにしてもAEDの機能に影響はないんです。さらに、周りの人たちが人垣を作るという配慮もあります。
しかし各地で開かれているAEDの講習会では、こうした女性への配慮のしかたが十分に伝えられてきませんでした。人形に女性の服を着せるなど、倒れている人が女性であることを想定した講習会を開く必要があると石見教授は指摘しています。
心停止の状態では何もしないと、1分たつごとに約10%ずつ下がっていく救命率。石見教授は人が倒れた時の救命処置の方法として次の点を挙げています。
・声をかけて意識がなければ、近くにいる人たちに「119番に通報してください。そしてAEDを持ってきてください」と頼む。
・いつもの呼吸と違う、またはよくわからなければ、胸骨圧迫=心臓マッサージを始める。
・そしてAEDが届いたら電源を入れ、迷わずAEDの音声の指示に従って処置を続けてほしい、
「AEDが男女の区別なく使われるようになってほしい。そのための教育や啓発に力を入れてほしい」
倒れた直後に、AEDが迅速に使われず後遺症が残った女性の夫は、私たちの取材にこのように話してくれました。女性だからととまどっているその時間が、命を奪ってしまうかもしれない、脳に取り返しのつかないダメージを与えてしまうかもしれないのです。
最後に。もしもの場面に遭遇した時、助かる命を確実に助けるために、ちょっとこう考えてみましょう。
“この人が自分の家族だったらどうするだろう・・・?”
出典:NHK
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