全国に60拠点のフランチャイズを展開する「久遠チョコレート」では、障がい者などさまざまな個性を持つ人が働きやすいように環境を変えてきました。代表の夏目浩次さんに、これから目指すゴールと、ご自身の活動の原動力を伺いました。(全2回中の2回)
──「久遠チョコレート」は、現在60拠点を展開されています。フランチャイズ展開は、当初から考えていらしたのですか。
夏目さん:「1隻の豪華客船」を作るつもりはもともとありませんでした。それでは1か所でしか雇用が生まれない。いかだみたいな小さい店を全国に作れば、それぞれの場所で雇用が生まれると考えていました。といっても、やみくもに店を増やそうとは思っていません。「フランチャイズ店をやりたい」とオファーをいただいても、1年間はお断りするようにしています。何度も話し合って、「それでもやりたい」と言ってくれるオーナーさんとやっていきたいと思っているので。
犬山市で、それぞれにうつ病と発達障がいを抱える2人の女性からオファーをいただいたときは、5年間断り続けました。商売は、ずっと順調というわけにはいきません。ただでさえ社長としてやっていくのは負担が大きいのに、無理をして不幸になってはいけないと思ったんです。それでも2人は、5年間手紙を送り続けてくれました。
それで、「ここまできたら、このブランドが試されているんだ」と腹をくくりました。これまで「障がいのある人とも、どうすれば一緒に働けるか」を考えてやってきたのに、はなから無理と決めつけるのは違うんじゃないか、と。なるべくオペレーションが複雑にならないようにメニュー数を減らしたり、城下町という土地柄を生かして、食べ歩きしやすい商品を開発したりしました。2人の主治医である精神科の先生が、親身に相談にのってくださったことも支えになっています。オープンして1年半たちますけど、売り上げも順調です。2人とも何があってもあきらめないし、前向きに頑張ってくれています。
──「どうすれば一緒に働けるか」を考えてこられた成果ですね。
夏目さん:人と人は、そもそも一人ひとり違いますよね。それぞれにできることとできないことがあるのが人で、それが折り重なって社会ができあがっている。
よく「障がい者と一緒に働くのはどうですか」と質問されるのですが、一人ひとり違うから「障がい者」とひとくくりにはできません。同じダウン症でも、自閉症でも、AさんとBさんは性格も、できることも違います。そもそもうちは、障がい者雇用をコンセプトにしているわけではありません。採用するとき、僕は相手がどんな人でも「この仕事をやりたい」「この会社に入りたい」という熱量で決めるようにしています。
だからこそ、一緒に働いている人に何かできないことがあれば、その人に合うように環境や仕組みを変えるのは、自然な流れだと思っているんです。
── 具体的には、どのように環境を変えるのですか。
夏目さん:2021年に、重度の障がいがある人が働ける場として「パウダーラボ」という工房を立ち上げました。ここでは、チョコレートのフレーバー用に、乾燥させたイチゴやお茶をパウダー状にする作業をしています。チョコレートを作る作業にくらべれば、乾燥させた食材をパウダー状にする、いわば「壊す」作業は重度の障がいがある人にもやりやすいんです。
パウダーラボはビルの2階にあります。スタッフの1人に、トゥレット症という症状がある人がいて、本人の意思とは関係なく、飛び上がったり地面を強く踏みつけたりすることがあるんです。下の階の接骨院さんから、「患者さんが大きな音に驚いてしまう」と相談されたときは、床にマットを敷いたり、クッションのある靴を履いてもらったりしました。それでも解決できなかったので、別のビルの1階に「パウダーラボ・セカンド」を作って、そちらで作業をしてもらうことにしました。
── 一人ひとりに対応するには、コストも時間もかかって大変では。
夏目さん:そう、大変ですよ。ちょうどいまも、上半期の進捗率が上がっていなくて、どうしようかと頭を悩ませているところです。だからといって、平均的な能力や技術を持つ人たちばかりを集めて、短期間で効率よく商品を作ったとして、その先にぼくらがどこへ行きたいのかというゴールが見えない。悩んでもがくことで人生にゆらぎが生まれて、それが豊かな人生を作っていくと、ぼくは思っています。
── 「久遠チョコレート」の事業を通して、夏目社長が目指していらっしゃるのはどの
夏目さん:「できる、できない」「普通、普通じゃない」などいう区分けをしないで、あらゆる人を受け入れる社会を作ることです。モノサシをとっぱらって、シンプルに人と人が向き合う社会。そのためには、踊り場で立ち止まることも、ときには「右肩下がり」になることも必要じゃないかと思っています。
成長も大事ですけど、近視眼的な右肩上がり至上主義では、限りある資源が食いつぶされ、人は疲弊し、社会は窮屈になっていってしまう。
作りたいものや実現したいものが先にあって、「そのためにどうすればいいか」を考えるのが、本来やるべきことですよね。ぼくらがバレンタインのイベントに出店させてもらっている大阪の梅田阪急のバイヤーさんは、売り上げ目標よりも「お客さまをワクワクさせてください」と言ってくれます。「今、ワクワクしてくれる若い人たちが、10年後、20年後にメインの顧客になってくれるから」と、目先の売り上げよりもずっと先を見ている。もちろん売り上げ目標も、そのためのプレッシャーも必要ですが、長期的な視野を持つことはもっと大事です。そういう「どこへ向かっていきたいのかを忘れない経済」を、ぼくらは目指すべきなんじゃないかと思います。
代表の夏目浩次さん
夏目さん:ぼくは飽き性で、いたって平凡な人間です。それでもパン屋開店から20年間、事業を続けてこられた原動力はなんだろう、と最近よく考えるんです。
障がい者の働き方にしろ、少子化にしろ、いろいろな社会課題があって、それがまずいことだとみんながわかっているのに、ほとんどの人が本気でやらない。自分の両手が届く範囲のことを本気でやることで社会は変えられるのに、ダイバーシティとかインクルージョンとか多様性とか、新しい言葉を作ることでやった気になってしまっている。
誰かを批判するつもりはないですが、この社会に漫然と漂う、いわば「本気のスイッチを押さなさ感」にはイライラしている。その「どこへボールを投げたらいいのかわからないイライラ感」が、やめずに続けてきたいちばんの原動力なんじゃないかと思っています。
今度新しい店を出す上越市では、それぞれの家が軒下に「雁木(がんぎ)」というひさしを作るんです。家ごとに、高さも色も素材もバラバラ。でも、その雁木が連なっていることで、雪の日も濡れずにその下を歩ける。雪の深い土地に自然にできあがった風習なんでしょうね。ぼくが目指しているのはまさにこの雁木みたいな社会です。自分のできる範囲で、誰かのために行動することで、結果的に自分自身も住みやすい社会を作ることができる。見た目はでこぼこで不揃いなんですが、雁木のある景観をぼくはすごく美しいと思います。
PROFILE 夏目浩次さん
なつめ・ひろつぐ。「久遠チョコレート」代表。「第2回ジャパンSDGsアワード」で内閣官房長官賞を受賞。著書に『温めれば何度だってやり直せる チョコレートが変える「働く」と「稼ぐ」の未来』(講談社)。
取材・文/林優子 写真提供/夏目浩次
引用:CHANTO WEB
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