ジェンダー平等について考える新連載「ジェンダーバイアスと向き合う男性たち」。第2回目となる今回は、日本の医療現場における看護師のジェンダー問題に焦点を当てます。 厚生労働省が発表した資料によると、2022年末時点で、日本の看護師に占める男性の割合は8.6パーセントにとどまっています。
しかし看護に従事する男性の存在には歴史があり、仏教用語の「看病人」という名称で平安時代から記述があるほか、戦前で言えば「壮兵看病卒」「救助人」「看護人」などの形で活躍していました。
近年まで、女性=看護婦、男性=看護士という名称で呼ばれていましたが、2002年より性別にかかわらず「看護師」という名称を使うようになり、以降は男性看護師の就業者数は少しずつ増えています。それでも2012~22年までの10年間で1.8倍の増加、と伸び率は緩やかな状況です。
男性看護師が増えにくい背景には、長年にわたる「看護師=女性の仕事」という社会のジェンダーバイアスのほか、長期的なキャリアパスの描きづらさ、といった課題が潜んでいます。しかし医療の質を高める上でも、性別にとらわれず職業を選択できる社会の実現のためにも、性別を問わず多様な人材が活躍できる形へと進化することが望まれています。
そこで今記事では、男性看護師を取り巻く社会課題の解決に取り組む一般社団法人日本男性看護師会の発起人である坪田康佑(つぼた・こうすけ)さんと、男性看護師の認知度や地位の向上を目指す一般社団法人Nurse-Men(ナースメン)で代表理事を務める秋吉崇博(あきよし・たかひろ)さんに、男性看護師の現状と課題、ジェンダー平等の実現に向けた取り組みについてお話を伺いました。
訪問看護に関するシンポジウムに登壇する坪田さん
――最初に、男性看護師会とNurse-Men、それぞれの団体の成り立ちについて教えてください。
坪田さん(以下、敬称略):日本男性看護師会は、2002年に男性看護学生をつなぐメーリングリストを作成したことに始まり、2012年にSNSで立ち上げた「男性看護師会ナースマン」という男性看護師の交流会を経て誕生しています。当時から少数派であった男性看護師たちが交わることで、ゆくゆくは課題解決や働き方の改善につなげられたら、という狙いがありました。 参加者が当時の男性保健師数の10パーセント以上、男性看護師数の1パーセント以上に達したため、「ニーズがある」と判断し、本格的に活動を開始したんです。日本看護管理学会で男性看護師を対象にしたアンケート調査を発表して活動の意義を問うたところ、多くの看護部長から支持を得ることができました。 そこで約2年間の準備期間を経て、男性看護師の可能性を広げることをミッションとした一般社団法人を2014年に立ち上げ、正式に活動を開始しました。
秋吉さん(以下、敬称略):Nurse-Menは2020年に設立された比較的新しい団体です。私自身、15年以上看護師として働く中で、同性の相談相手が職場にいない、男性が使える更衣室がない、といったマイノリティであることによるさまざまな課題を肌で感じてきました。 そこで、男性看護師の地位が子どもたちの憧れの職業になるくらい向上することを目指して、有志と共にNurse-Menを立ち上げたんです。「We can be heroes(私たちはヒーローになれる)」というスローガンを掲げ、災害支援や一次救命講習の普及など、病院外での活動を通じて男性看護師の存在感を高め、社会からの認知度を上げることを目指しています。 ――男性看護師が抱えている問題とは、具体的にどういう傾向が見られるのでしょうか?
坪田:まず、男子学生が看護実習を受ける際に一定の制限が存在します。具体的には、産科実習で出産に伴う乳房ケアを実践させてもらえない、出産に立ち会う場面で男子学生のみ室外に出される、といったケースが起こっています。 医療職である意識を持ってまじめに学んでいる学生にとっては、性別で学習機会が奪われることに憤りを感じる声が聞かれます。また「男のくせに」「男には向いていない」といった発言を受ける、性的な意図はないにしても同意なく体を触られる、といった女性からのハラスメントも存在していますが、男性が女性に行うハラスメントよりも深刻に扱われない傾向が見られます。
秋吉:男性看護師が使える更衣室やトイレが職場に完備されていない、という環境格差の問題もありますね。 例えば私の経験ですと、とある病院では男性用の更衣室がないので、地下2階の倉庫のような場所で着替えをする必要があります。厨房に隣接しているためゴキブリが出ますし、倉庫内にトイレの汲み取り口がある関係上、勤務と汲み取り作業が重なると強烈な臭いの中で着替えをしなければならない、ということもありました。 職務と責任は男女同じであるにもかかわらず、男性看護師だけこういった環境下に置かれやすいことは、働くモチベーションを下げる要因になっている、と感じます。
坪田:学生時代から現在に至るまで、教員、学生、上司、同僚と周囲にいる人たちのほとんどが女性です。女性中心の職場文化になじめず、孤立感を深めた男性看護師が辞めていく……といった問題もあります。 私自身も学生のとき、こんな経験がありました。実習が終わった後にみんなで食事会をする約束をしていたのですが、女子更衣室内の会話で会場が決まり、その情報が私に共有されていなかったので、結果的に遅刻をしてしまったのです。もちろん当人たちに全く悪気はなく、むしろ私がいないことにすら気づいていなかったようで(笑)。
今振り返ると、これは少数派ゆえに存在が透明化されてしまう、1つの事例だった、と思います。こういう出来事は、男性ばかりの職場に女性1人、というシーンでも起こりうることではないでしょうか。
秋吉:「男性は多少雑に扱っても大丈夫」といったジェンダー観が作用するのか、女性看護師に対してよりも、強めの言い方をされることも多々あります。 あくまで個人差があることが前提の話になりますが、看護師という職を選ぶ男性は「人のためになる仕事をしたい、誰かの役に立ちたい」という考えを持った気の優しい人も多く、ハッキリものを言うことや、人とぶつかることが苦手なタイプも一定数含まれます。 職場のコミュニケーションで傷つき、自信をなくしてしまっている男性看護師から相談を受けることは珍しくありません。
ボランティアで訪問看護を行う秋吉さん
――看護師として働く男性の数が増えることで、医療現場にどのようなプラスの効果が表れるとお考えですか?
坪田:男性患者やそのご家族とのコミュニケーションにおいて、男性看護師が関わることでスムーズに進むケースがある、というのは1つの事実です。
例えば、年配の男性患者に対して女性看護師が指導をしても聞き入れてもらえないのに、男性看護師が伝えると素直に受け入れる、といったことですね。これは単に「男性同士の共感」という面もあるのと同時に、社会に根付く「男のほうが偉い」という女性蔑視の表れでもあるのかと思います。 こういう状況をただ受け入れるというよりは、むしろそのような男性とコミュニケーションが取りやすい私たち男性看護師がジェンダー差別に敏感になり、女性看護師の指導を聞き入れるよう促したり、ペイシェント・ハラスメント(患者やその家族による医療従事者への暴言や暴力、迷惑行為)が起こらないようサポートしたりする役割ができる、と考えます。
秋吉:残念ですが、そういう男性患者は一定数いるんですよね。そこで思い出すのは、ある訪問看護の依頼で高齢の兄弟のもとを訪れたときのことです。室内の衛生状態も悪く、当人たちには暴言の傾向があるため、他の女性看護師や女性ヘルパーさんたちは対応に困り、怯えていました。
しかし私が担当となり、ときには厳しく注意することで彼らの態度が変わり始めたのです。これは同性だからこそ厳しく、かつ対等な関係で接することができた結果である、とも考えられますし、男性看護師の存在が暴力の抑制に一定の役割を果たした、とも言えます。 これは単に体格的に勝るか・勝らないかという問題だけでなく、「男性がいる」という事実自体が抑止力になる面があるのだろうと思います。
――男性看護師の存在が助けになる一方で、「男なんだから、暴れる患者の対応をして」というジェンダーロール(性別に基づき期待される特定の行動や役割)の固定化が生まれてもいけませんね。
秋吉:おっしゃるとおりです。「男だから暴力に対応しろ」と言われると苦痛に感じる男性もいますし、暴れる患者に対応できる女性もいます。
ただ、男性看護師の介入で暴言や暴力などの抑止力になる場面は実際にありますので、私個人としてはそういうとき意識的に男性看護師が間に入ったほうがいい、と考えます。 逆の観点で言えば、男性看護師によるおむつの取替えを拒否する高齢の女性患者もいらっしゃいます。そういう恥じらいの気持ちがある方に男性看護師が「ジェンダー平等だから私がやります」と対応するのが果たして正解なのだろうか、という点は検討の余地があると思います。 やはり個人のご希望や状況なども鑑みながら、どうすれば患者さんやご家族、そして医療従者にとってベストかを一つ一つ判断していくのが良いのではないでしょうか。
坪田:秋吉さんの例は、男性看護師の重要性を端的に示していますね。やはり社会には同性同士のコミュニケーションが有効に機能する場面があるのだろうと感じます。 例えば、男性でも女性でも「同性に看護してほしい」と思うケースがあるのではと思いますし、男性優位の考え方を持つ男性患者さんの場合など、女性に弱みを見せられず、女性看護師にヘルプが言えないという場面も見受けられます。そこに男性看護師がいれば、より率直な対話や助言ができる可能性が生まれます。例えば、家事を全くしたことのない夫が妻の介助に尻込みをするような場合、自分と同じ「男性」の看護師が「一緒にやりましょう」と声かけする方が一歩を踏み出しやすくなる、といった効果ですね。 つまり、男女両方の看護師がいたほうがさまざまな患者さんのニーズに対して満足のいく対応ができるようになるのだと思うんです。
――今後、男性看護師が世の中に増えて行くために、国や社会、医療業界においてどういう取り組みが必要だと思いますか?
秋吉:先ほど述べた、男性用の更衣室やトイレなど労働環境の改善が必要であることが1つです。 また、業界全体の話にはなりますが、患者さんの命を預かり、夜勤や当直などで勤務も不規則である看護師の職務内容に対し、現在の給与水準が果たして適切なのか、もっと議論していただきたいと感じています。 看護業界はよく「穴の開いたバケツ」と表現されるのですが、これは「新卒者」という水をいくら注ぎ込んでも、「離職」という大きな穴から人が出ていってしまう状況を表しています。看護師免許を取得しているにもかかわらず、看護師を辞めてしまう人が多いせいで常に人が足りない。この事実からも、待遇面の改善が急務である深刻さが伝わるのではないか、と思います。
坪田:同感です。これら環境や待遇の改善について病院に対する個別の働きかけも必要ですが、それだけではなかなか先に進みませんので、日本男性看護師会では厚生労働部会看護問題小委員会に招聘(しょうへい)していただけるように取り組んできました。 例えば、同委員会には22の看護系団体が招聘(しょうへい)されますが、日本男性看護師会もその一団体として加わることができています。これは男性看護師に関する課題解決のための提案書の発表や、そのため男性看護師を対象とする独自リサーチの実施など、コツコツと活動を続けてきた成果だと思います。 男性看護師が公の場で提案をし、見解を述べることも、私たちの存在を可視化し、多様性を認識してもらうための重要なステップだと考えます。 ――私たち、社会にいる一人一人が看護師のジェンダー平等のためにどんなことができるか、メッセージをいただけますか?
秋吉:ニュースで男性看護師が話題になるのは何らかの事件を起こした、というネガティブな内容が多く、それを見てやり切れない気持ちになることがあります。 できれば、患者さんやご家族のために懸命に努力を続ける、多くの男性看護師の存在や活動に注目していただきたいです。男性看護師の前向きな活動をSNSやブログで見つけたら、応援のメッセージやシェアをしていただくこともサポートになります。 またNurse-Menの活動は男性看護師の認知度向上を目指すだけでなく、看護師という仕事の重要性やプロフェッショナリズムを知っていただきたい、という思いが根本にあります。機会があればイベントやセミナーなどに足を運んでいただき、一緒にエッセンシャル・ワーカーを盛り上げていただけるよう願っています。
坪田:「人間」というのは、「人と人の間」にある関係性で成り立っていると私は思うんです。人間一人ができることには限界がある以上、男性が、女性が、と分けず、人同士が感謝し、感謝される社会になってほしいです。 その解決手段の1つが、偏りをつくらない多様性のある社会の姿で、看護師という職業に関しては男性がマイノリティになっている。だから医療業界に関しては私たちが声を上げていく意味があります。 一方で、それが家庭であれば、家事や育児、介護などの負担を性別で固定的に考えるのではなく、夫婦それぞれの得意分野を活かしながら協力し合う姿勢が大切になると思います。 例えば最近、私が提唱しているのは、公文書やレポートにおける男女比の記述において「女性割合」という表記をやめ、「異性割合」にしよう、という働きかけです。この言葉には「女性がマイノリティである」という無意識の前提が隠されていますし、同時に男性マイノリティの存在が透明化されてしまうからです。 身の回りにある日常的な意識を見直して、必要であれば声を上げ、言われた側はちゃんと耳を傾ける。そうやってあちこちに生じている偏りをなくしていくことが、ゆくゆくは看護師だけでなく、あらゆる職業におけるジェンダーの壁を取り払うことにつながっていくのではないでしょうか。
なぜ男性看護師が増えないのか、というテーマを掘り下げる中で、社会に根づくジェンダーバイアスに直面させられました。 男性患者が女性看護師の指導を聞き入れない、という事例は「性別」がときに無視できない影響力を持つことを物語っています。
また上司や同僚の女性が男性看護師のからだを触ることがある、というエピソードも、もし男女の立場が逆であったら大問題になるはずで、マイノリティ男性の声がもっと伝われば、と感じました。
長年「女性の仕事」と扱われてきた看護業界に男性が増えることは、従来の固定概念に縛られない新しい看護の在り方の芽生えも感じさせます。
男女という性別ではなく、個々の能力や適性、患者さんのニーズなどに基づいた役割分担が行われるようになれば、ケアの質が「適材適所」となって向上していく可能性があります。 坪田さんや秋吉さんのような男性マイノリティが変革に取り組むことは、男性看護師の増加という事象にとどまらず、他の分野におけるジェンダーロールの固定概念を打破する波及効果をもたらすかもしれません。 それは、私たち一人一人が無意識のバイアスの存在に気づき、より公平で多様性に富んだ社会を築くための重要な一歩になるような気がします。
日本財団ジャーナル編集部
引用:日本財団ジャーナル
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