股関節や膝、肩以外にも適応範囲が広がっているのが人工関節です。臨床現場では「自分の病気やけがにも適用できないか」と希望を抱く患者さんやその家族から、人工関節手術について多くの問い合わせが寄せられています。指や足首(足関節)など、ある程度の成果を上げている分野もありますが、十分な可動域や関節自体の十分な寿命を獲得するにはまだ課題が残されています。
関節が変形して親指などが曲がっていて思うように動かず、指と指とを合わせるのもうまくいかない状態=筆者提供
人工関節治療の中でも、指の人工関節などについても研究がどんどん進んできています。例えば、関節リウマチなどで変形した指の関節を人工関節に置き換えることで、見た目だけでなく、機能も自然な指に近づけることができるようになってきています。初期の人工指関節は可動域も限定的でしたが、改良を重ねた現在では、食事なども含めたさまざまな行動が可能なレベルまで可動域が広がっています。 しかし、すべての症例でより細かい作業、例えば、服のボタンを外したり、ピアノを演奏したりするといった動作をするには、まだ課題があります。改善には、人工関節自体の性能向上に加え、機能回復のためのリハビリテーションプログラムの開発も重要です。作業療法士(OT)らを含めた研究を進め、個々の患者さんに最適なリハビリテーションを提供できるようにしていく必要があります。
人工関節への置換手術で関節の変形が消えて指が伸ばせるとともに、ある程度までは思うように曲げられるようになった=筆者提供
人工関節治療におけるもう一つの大きな課題は、骨と人工関節の界面における親和性の向上です。この親和性は、骨への適切な固定と人工関節の安定性を確保する上で極めて重要です。適切な親和性が得られない場合、人工関節の緩みや脱臼、さらには設置した人工関節の周囲の骨に負荷がかかって骨折などを招く可能性があります。特に、骨粗しょう症により骨密度が低下している患者さんの場合、人工関節を固定する力が弱くなってしまうため、人工関節の緩みや脱臼、骨折のリスクがさらに高くなります。 このため、研究者たちはより生体適合性の高い材料や表面処理技術の開発、人工関節の形状の最適化など、骨と人工関節の親和性を高める研究を進めています。さらに近い将来、患者さんの骨の健康状態や体格に合わせた人工関節のカスタマイズ技術が臨床に応用されることが期待されており、材料工学分野や生物学分野の研究者との協働がこれまで以上に重要になると考えられます。
生物学的な観点で近年注目を集めているのが再生医療との連携です。摩耗していく関節内の軟骨部分を再生して移植することができれば、将来的には人工関節を必要としない治療が可能になるかもしれません。研究も着実に進歩し、優れた結果が報告されています。しかし、現状では軟骨細胞の再生技術は完全には確立されておらず、どこの施設でも実施できるというような実用化にはかなり多くの課題が残されています。 このように、課題を克服するための研究開発は進められていますが、臨床での応用には安全性や確実性の検証などさらなる研究が必要です。それまでは、一つ一つ課題を解決し、臨床現場で活用していくことで、人工関節治療の一層の発展を目指していく必要があります。これまで紹介してきたように、それには時間とエネルギーを要するでしょうが、それだけの価値はあると考えています。(了)
山本謙吾医師
山本謙吾(やまもと・けんご) 東京医科大学病院整形外科主任教授、同大学病院院長。日本専門医機構認定整形外科専門医、日本整形外科学会脊椎脊髄病医、日本整形外科学会認定運動器リハビリテーション医、日本人工関節学会認定医。1983年東京医科大学卒業、98~99年米ロマリンダ大学留学、2004年東京医科大学整形外科学教室主任教授、10年東京医科大学病院リハビリテーションセンター部長兼任。
引用:
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