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大学卒業後に渡独→理学療法士の専門学校へ… ドイツ古豪ボルシアMGで働く日本人メディカルスタッフが歩んできた道とは?

Jan 18, 2024

ドイツのブンデスリーガクラブであるボルシアMGは、トップチームで日本代表DF板倉滉が、そしてセカンドチームのU-23ではU-22日本代表FW福田師王がプレーすることで日本では知られているかもしれない。

ドイツのブンデスリーガで優勝5度、カップ優勝3度を誇る古豪クラブで、特に1960-70年代にかけては稀代の名将ヘネス・バイスバイラー監督や西ドイツ代表ギュンター・ネッツァー、ユップ・ハインケス、ベルティ・フォクツらを擁し、欧州でも強豪クラブの一つとして称賛されていた。77年にはチャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)で決勝進出も果たしている。

そんな伝統あふれるクラブのメディカルスタッフとして働いている日本人がいる。菊地紘平、29歳。法政大学スポーツ健康学部でアスレティックトレーナーの資格を所得していた菊地は卒業後すぐの2017年にドイツへ渡った。

日本で働く可能性もありながら、なぜ大学卒業後すぐに渡独を決意したのだろう? そしてどんな道を歩んでボルシアMGへとたどり着いたのだろう? 「アスレティックトレーナーってアメリカが人気なんですよね。ただアメリカだとお金がちょっと高い。そんな時アスレティックトレーナーでヨーロッパに出てる人は当時ほとんどいないなと思ったのがひとつのきっかけです。経験を積むためにヨーロッパに出てみようかなって。あと僕自身サッカーをやっていたので、ブンデスリーガのチームで働けたらいいなっていうのが目標だし、モチベーションになりました」

ドイツに渡った菊地は「ドイツではアスレティックトレーナーの資格がないため」、フライブルクで理学療法士の専門学校に通い、3年間で卒業。日本の大学時代に習ったことと内容的に大きな違いはなかったが、復習しながら同時に自分の専門をドイツ語で学べるという機会は貴重だった。2年目からは女子バスケットボールのブンデスリーガ1部所属アイスフォーゲル・フライブルクのU16-U18チームに週3で帯同。そこから州選抜チームからも声がかかるようになる。アイスホッケーのドイツ2部リーグに所属するEHCフライブルクヴォルフェでさらに経験を積んだ菊地は、専門学校卒業後にフライブルクにある診療所への就職を決めた。

アットホームな雰囲気がある職場を気に入っていたが、1年半ほどたった時に新しい挑戦をしたくなった。そんなある日、いろんな情報をチェックしているとボルシアMGが理学療法士を募集しているという要項を発見することになる。様々な縁とタイミング、そして積み重ねてきたものが道を開いた。 「専門学校をドイツ語でやったっていうのはでかいと思います。語学は若いうちからやっていた方がいい。そうやって寄り道をしたからこそ得たものもありますし、ドイツ人から好まれる、コミュニケーションと信頼性を築けるようになったのは大きいと思います」

コミュニケーションが円滑に行くと、仕事がしやすくなるのは万国共通。コミュニケーションの取り方がうまくないとどれだけスキルがあっても伝えたいことは伝わらない。その国における距離感や言葉の表現、ボディランゲージなどを知ることはとても大切なのだ。

具体的にボルシアMGではどのようなセクションで、どのような仕事をしているのだろうか。 「僕が今やってるのはクラブの育成選手をメインに見ています。ボルシアMGのスタジアムのすぐ横にあって、クラブが持ってる治療院という形です。トップチームの選手も来たりしますし、一般の患者さんもリハビリでうちを利用できます。あと他クラブや他スポーツの選手が治療で来ることもよくありますよ。

僕の担当は育成の選手で、特にU-15~U-19の選手が怪我したら来てもらって、ここでリハビリをしてもらうという感じです。育成の選手でもいつでもリハビリができますよっていう環境が整っています」  クラブではケガに応じて対応が細かく分かれているという。ピッチでケガをした場合、まず軽めだったらチーム専属の理学療法士がそのまま対応する。筋肉系など、時間がかかりそうな中度の怪我の場合は、菊地らの治療院でジョギングできるぐらいまでリハビリを行う。

そしてジョギングできるまで治ってきたら、育成専属リハビリトレーナーのもとで約4週間トレーニングをしてから、チームへ戻すという3段階構成だ。

選手は負傷と常に隣り合わせだからこそ、適切な治療と対応が欠かせない。どれだけ資質があっても負傷を抱えたままではパフォーマンスは最大限に発揮できないのだ。理学療法士をやってて、どんな時に充実感を感じるのかを菊池に尋ねてみた。

「充実感があるのはやっぱり患者さんから『痛みがなくなった』といってもらえる時ですね。うれしいし、やりがいも感じます。あと復帰した選手が活躍するというのはうれしいですね。フライブルクでアイスホッケークラブに携わっていた時の話ですけど、脳震盪を起こした選手を何週間かサポートしてたんですが、その選手が復帰して、大事な入れ替え戦の緊迫した場面で点を決めて、チームが勝ったんですね。あれはすごく感動しました。そこはスポーツチームに関われるやりがいだなと思いますね」

ドイツ屈指のサッカークラブでメディカルスタッフとして働く菊地。将来的にどんなプランを今描いているのだろう。そこにはたしかな思いがあった。

「最近はリハビリトレーナーという理学療法士とアスレティックトレーナーを結ぶポジションができてきてるので、僕もそこを目指せたらと思っています。一度はブンデスリーガクラブのトップチームでやりたいですね。でも最終的な目標としては、育成年代をみたいんですよね。だから一度トップチームでやりたいというのがあります。そこの現場を自分で見とかないと、育成で何も言えないなって。ドイツでも日本でもどこでもいいんですけど、育成年代で怪我をしないための体作りとか、怪我をしてしまう過程とか、怪我をした後の治療や措置というのをしっかりと学んでもらえれば、大人になってそれこそプロの選手なったときに大きなメリットになると思うんです。そこを目指したいですね」

取材・文●中野吉之伴

引用:THE DIGEST

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