ぐるんとびー代表/NPOぐるんとびー理事長、菅原健介。2015年、菅原健介は団地に介護施設を開設した。自ら同じ団地に住みながら、365日、地域の住人としても利用者を見守っている。見据えるのは、十数年後に「高齢化の大津波」を迎える日本。どうしたら、私たちは幸せに生をまっとうできるのか。熱い気持ちで動き続ける菅原は、時に理解を得られず、ネットでの「炎上」も経験。でも、対話を重ね、未来を考えたい。
神奈川県の辻堂駅からバスで十数分揺られるうち、目的地の団地に着いた。 8月中旬、その一室の介護施設を訪れると、ごついラジコン車が滑り込み、目の前で回転して止まった。リモコン片手に現れたのは、菅原健介(すがはらけんすけ43)。理学療法士で、この介護施設「ぐるんとびー駒寄」を運営する代表である。 「夜中にメンテしてたらハマっちゃって。これもシゴトっちゃシゴト。いや、半分遊びか」 楽しそうに菅原が笑う。 「ぐるんとびー駒寄」は、小規模多機能型居宅介護で、送迎を含む「通い(デイサービス)」、自宅への「訪問」、短期間の「泊まり」という三つの介護保険のサービスを組み合わせ、利用者の自律した生活を支えている。 特徴は、この介護施設が団地にあるということ。UR(都市再生機構)賃貸住宅の空き室を活用して小規模多機能型居宅介護の事業所を開設するのは、全国初の試みだ。2015年に起業した菅原は、同じ団地の別の部屋に家族と住みながら、団地内や地域に住む利用者を365日見守る。 それにしても、なぜ介護施設にラジコンだったのか。聞けば、地域の公園の一角を貸し切った夏祭りのイベントを企画し、子どもたちが思いきり遊べるラジコンレースを催すのだという。 「僕がやりたいのはまちづくりなんです。自分もそこに住みながら『どんなに困ってもなんとかなるまち』をつくりたいんですよ」 もしかして、高齢世帯や空き家が増え、人間関係も希薄な令和の近郊都市に、江戸の長屋文化のような場所を復活させたいと思っていますか? そう尋ねると、こんな答えが返ってきた。 「高齢化の津波が来れば、ケアのリソースが圧倒的に不足して、主役は住人になる。僕らは『ちょっとだけの共助』の力を引き出すハブになり、介護や医療は必要なところだけ道具として使ってもらえればと思うんです」 だが、そのビジョンの実現は「ある意味、限界への挑戦」でもある。
■孤立した親子に伴走 困難なケースを救い出す 菅原は小規模多機能型居宅介護と共に、NPOの事業を立ち上げている。そこに地域の住民としての菅原の立場を加えて、リソースを柔軟に切り分け、これまで介護の分野では手の届かなかったケアの実践を試みる。生ぬるくない現場にも対応し、「ケアのハイパーレスキュー活動」だとも言う。 市内に暮らす70代の母親と40代息子への支援がその一例だ。「前頭側頭型認知症」の母親は、暴言・暴力を繰り返し、家で包丁を持ち出していた。外をひとり歩きしては警察に保護され、その回数は年100回はゆうに超えた。息子が相談しても、行政や介護事業所からの支援につながれずにいた。 負荷の大きい介護を単独で担い、10年にもわたる孤立が続き、息子はやむなく自分の外出時には母親が家から出られないようにしていた。しかし、母親は「私をだせー!」と叫び、玄関扉を力ずくで開けようとして内鍵も壊してしまった。 息子のSOSで駆けつけた菅原は、最初に6時間話を聞いた。母親は精神疾患も併発していたが、対策は未着手だった。そこで母親の病院の受診に同行。認知症の介護と障害福祉サービスを併用して受けられる枠組みは市内にはなかったが、行政と何度も粘り強くかけあい、支援体制も整えた。 同時に、周囲に拒絶され続けたと感じ、人間不信に陥っていた息子のケアも、重要課題だった。 「最初、息子さんが外出時に、僕らがお母さんの訪問介護に入ったら、扉が開かないように全部で120キロにもなるコンクリートのブロックを玄関の前に積み上げてから帰ってくれと頼まれた。だけどそれをやるのは、介護事業所の職員としては虐待まがいになるから難しい。かといって拒否すれば、息子さんはまた心を閉ざしてしまう。考えた末、『積むのは、僕のNPO事業の一環』ということにして、一時的には対応したんですよ」 その後、息子にはこう伝えた。 「ブロック重いっすね。あれ、毎回積むのは大変でしょう? 別の方法も考えましょうか」 長い時間をかけ信頼関係を築き、母親が通いや泊まりも利用できるまでに導く。最初は警戒していた息子も、徐々に心を開いていった。 ■幼少期は自信のない性格 広告営業から理学療法士へ 関わり始めて約2年。今では息子は菅原と冗談を言い合い、最近は福祉事務所で働き始めた。 介護保険制度だけじゃ、人は支えきれない。 菅原が、この事例を通じて実感したことだ。
この親子の救助にかかった経費の大半はぐるんとびーの持ち出しだ。彼らに密接に関わらなくてはならなかった時期は、周囲の同業の仲間に夜勤に入ってもらうなど緊急の応援を頼んだ。 なぜこんなにも他人に深くかかわることができるのか。 「ギリギリの際で生きる人を見ると共鳴しちゃう。自分が生きづらさを抱えてきたから、僕自身の実存の危機を救うケアでもあるのかなと最近思っていて。息がしやすいよう、社会にスペースをあけているのかもしれない」 事業の出発点は、東日本大震災での支援活動にある。 菅原の母、由美(68)は、訪問ボランティアナースの会「キャンナス」の代表を務める。潜在看護師を活用し災害支援などを行う、日本最大規模の医療ボランティア団体で、その活動の功績が認められ、多くの団体から表彰されているカリスマ社会起業家だ。父、雅之(68)は20代で脱サラし、中古車販売を手がける経営者。趣味人で、オフロードバイクの全国大会で入賞した経験もある。 幼い頃から両親は土日も働きづめで、キャッチボールは友達のお父さんと。外食が多く、煮炊きの匂いがしない家で「どこか寂しさはあった」(菅原)。多動傾向があり、遅刻や忘れ物は日常で、学校で叱られることも多々あった。 「僕の自己肯定感を育んでくれたのは、一緒に住んでたばあちゃん。いつでもほめてくれたから」 母の導きもあり、中高一貫校の東海大学付属デンマーク校(08年閉校)に進学。中学高校時代はデンマークで過ごした。 現ぐるんとびー取締役の川島勇我(45)は、同校サッカー部に在籍していた菅原の先輩。その頃の菅原は「自信がない人に見えた。ほとんど印象に残っていない」という。 菅原自身、コンプレックスの塊だったと話す。 「母は常に否定から入ると感じていた。僕が小学校の時にサッカーにハマりかけたら『そろばんをやりなさい』。僕は親の許容範囲内でしか自己表現できず、すべて中途半端になった」 だが、由美はインタビューで、「健介には、なんでも自己選択させてきた」と話すように、親子の認識は、大きくすれ違う。 帰国して東海大学を卒業した後は、IT広告会社の営業に。景気が傾くと不安定な職種だと悟り、医療の国家ライセンスを取得したいと考えた。母からリハビリ職の理学療法士の受験を勧められ、資格取得後にリハビリ病院に就職する。
就職して2年後に、東日本大震災が起きた。藤沢で小規模多機能型居宅介護などのケア事業所を運営していた母から、 「私の代わりに現場に入って、キャンナスの人と物資のコーディネーター役を引き受けてほしい」 と頼まれた。そこで菅原は病院を辞し、宮城県の石巻や気仙沼で1年半にわたり活動に専念する。 現地では、国家資格を持つ看護師がキャベツをザクザクと切っていた。逆に、被災者のもとに駆けつけた無資格の若い女性が、傾聴に徹して現場の真の困りごとを鮮やかに探り当てる景色も見た。 「専門性ってなんだろうと考えましたね。災害現場では、医療とか介護とか価値観を固定化しないで、『本当に必要なケアとは?』って、とことん考え抜く姿勢が大事だと気づいたんです」 支援現場での経験から、菅原はいざという時に困らないため、「平時からつながり、助け合える地域をつくりたい」と考えるようになった。この防災感覚こそが、後に「高齢化の大津波に備える」という視点に立ったまちづくりの構想に結びつく。 活動を終えてからは、母の介護事業所で働いた。しかし、ケアのことでは必ずしも母と方針が合わなかった。母も柔軟に考えるタイプだが、菅原は輪をかけて柔軟な対応とケアを求めた。それを実現するには、時に医療の常識の枠の中から飛び出す必要があった。さらに親子だからこそ、些細(ささい)なことでぶつかり合う。激しい喧嘩(けんか)を展開して退職。35歳の時に「ぐるんとびー」を起業した。 地域を一つの大きな家族に。身近に関わる人たちが責任や思いやりを少しずつ共有し「ほどほどの幸せ」がある地域社会を形づくる──。 大きな理念を掲げ、菅原は走りだす。 (文中敬称略)(文・古川雅子) ※記事の続きはAERA 2023年10月30日号でご覧いただけます
引用:AERA dot.
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