「脚を1本なくしても、人生は楽しい」──パラトライアスリートの秦由加子が広げる、人と社会の可能性

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「脚を1本なくしても、人生は楽しい」──パラトライアスリートの秦由加子が広げる、人と社会の可能性

Aug 16, 2023
東京2020パラリンピックに出場するなど、スポーツの一線で活躍するトライアスリートの秦由加子の姿は、次世代を担う子どもたちに夢や希望を与え、誰もが自分の強みを生かすことのできる社会を創造する大きなドライブとなる。インターセクショナルな視点でヴォーグに語ってくれた彼女の言葉の数々は、固着しがちな価値観を広げるためのヒントに満ちている。

環境への順応力の高さが勝敗の鍵を握る競技・トライアスロンは、一人のアスリートが水泳・自転車ロードレース・長距離走の3種目を連続して行い、そのタイムを競う耐久競技だ。1974年9月にアメリカのサンディエゴで初めて行われたこの耐久競技は、その後2000年のシドニーオリンピックから正式種目となり、16年のリオデジャネイロ大会からパラリンピックにも採用されるようになった。

そのリオ大会に続き、今年8月に行われた東京2020パラリンピックで、得意のスイムでトップを走り、6位入賞を果たしたトライアスリートが秦由加子だ。13歳のときに骨肉腫を発症し、右脚を大腿部より切断。26歳のときに水泳を再開し、’13年に水泳からトライアスロンに転向した。競技生活やこれまでの人生を通して、秦が考えてきた「未来のかたち」とは。

──2019年の『GO Journal』のインタビューで、「中高生のころはみんなが運動している姿をみるのが悔しかった」と話されていました。スポーツとは距離を置かれていた中で、競技生活を再開することになったきっかけを教えて下さい。

13歳で脚を切断してから大人になるまで、スポーツとはかけ離れた生活をしていました。そして成長すればするほど、自分に障がいがあることがコンプレックスとなっていきました。自己肯定感が低く、常に他人の目を気にして「私の人生このまま終わるのかな」と本気で思っていました。その反面、人生を変えたい、このままで終わりたくないという想いがあり、その気持ちは日に日に強くなっていきました。就職して経済的にも時間的にも余裕ができた時、自分を変えるために一番自信があることを始めようと決意しました。それで、3歳から脚を切断するまで続けていた水泳に再びチャレンジするため、現在所属する稲毛インターの門を叩いたのです。

──競技生活を再開され、初めはどう感じましたか。

実際に始めてみると、こういう人になりたい! と思うロールモデルがたくさんいることに衝撃を受けました。競技に打ち込んでいる姿が本当にかっこいいんです。それからトライアスロンに転向したのは、アスリートの皆さんが純粋にひたむきに競技を楽しんでいる姿勢に惹かれたから。とはいえ、最初はスイム・バイク・ランをこなすことができるだろうかと多少の不安はありました。それでも、楽しさや充実感の方が最終的には勝ってしまうんです。「楽しそうだ」と素直に自分の心が感じるままに動いて良かったと思っています。

「義足の外装を外した瞬間、“戦うためのツール”になった」

──今まで障がいと感じてきたことを乗り越えられた。そう感じたブレイクスルー体験はありましたか。

トライアスロンを始めた2013年に、義足の外装を外した時です。義足には通常、人間の脚に似せて形成された肌色のスポンジが被されていて、日常生活に支障のないように設計されています。その外装を外した瞬間、私にとって義足というものは失った脚を補うものではなく、“戦うためのツール”になったのです。競技用の義足は勝つための道具なのでメンテナンスにも力が入ります。すると、これまでできる限り隠したいと思っていた義足なのに、自然と愛着が湧いてきました。以降外装を外したまま外出することが多くなったのですが、すれ違いざまに二度見されることもしょっちゅうあります。でも、一度見てしまえば皆さん慣れるみたいです。

──トライアスロンを始めて、自分の中で一番変わったと感じることはなんでしょうか。

内面が180度変わりました。トライアスリートは皆さんオープンでフレンドリーで、広い視野を持っています。始めたばかりの頃、義足に引け目を感じていた私に「義足かっこいいね、ちょっと見せて」「本当に尊敬するよ」と選手らが気軽に声をかけてくれたことによって、私の心の持ちようは一変しました。トライアスロンを始めて本当によかったと心から思えた瞬間です。

パンデミック以前にトレーニングの拠点にしていたタイで出会った各国のトライアスリートたちとの交流は、あらゆる意味で私を開眼させてくれました。彼らは競技以外の問題、特に地球環境に当たり前のように強い関心を持っています。例えば、トライアスロンのスイムでは海や沼でも泳ぐので、水が濁っているのは自分たち人間のせいなんだと、必然的に自然環境に対する責任を感じることになります。そうした彼らの視点に私も影響を受けて、競技を通じて食生活はもちろん、食材のトレーサビリティ環境問題にもこれまで以上に関心を寄せるようになりました。

──パラリンピックはご自身にとってどんな存在でしょうか?

世界中の才能が集結するこの舞台は、とてつもなく大きな希望であり、勇気そのものです。もしもパラリンピックがなかったら、もう一度スポーツを始めようとは思えなかったかもしれませんし、今の私はなかったと思います。またパラスポーツ人口も今より少なかったでしょう。さらには、競技用の義足などのテクノロジーの発展も今ほどなかったと思います。

選手の障がいのあり方に合わせて、パラスポーツの道具は全てオーダーメイドでつくられます。そのため、義肢装具士を始めとする異なる分野の専門家や企業、インストラクターなど多くの人の理解とサポートが不可欠になります。その意味でもパラリンピックは、さまざまな人々と社会が密につながる機会であり、社会のあらゆる可能性を広げてくれるものだと思います。

──競技生活を通して、スポーツがダイバーシティインクルージョンのドライブになっていると感じた経験などはありますか?

私たちの場合、スポーツに参加することは社会に参加することであり、コミュニケーションそのものでもあります。特にトライアスロンでは、「完走した者全てが勝者」という精神が競技の支柱となっています。つまり、競技の前には勝者も敗者も、健常者も障害者もなく、皆が等しく平等なのです。この精神は、まさに現代社会のスローガンでもあると思っています。

──ジェンダーバイアスや障がい、年齢など、インターセクショナルな視点でこの社会でアップデートが必要だと感じることはどんなことでしょう?

子どもたちには、障がいのある人に対する偏見はほとんどありません。学校訪問で義足姿で体育館に入って行っても、一瞬驚いた表情をすることはあっても、次の瞬間には全く意に介してない顔をしています。今の若年層が義足を特別視しないのは、SNSやメディアを通して、さまざまな情報に接しているからだと感じます。ですが、その親世代はまだまだ難しいようです。その違いは単純なことで、病気や事故で義足になっても、運動ができるという事実をただ“知らない”だけ。学校など日常生活の中で、障がい者と接する機会もなく育った人たちの中に偏見が残っているのは理解できます。

例えば先日も大浴場に行った時、子どもが私を指差して「あの人脚がない」と興味を持ったようでした。そうしたら親が、「ごめんなさい」と言って私からその子を遠ざけてしまいました。親に悪気はないのだと思いますが、そのような態度をとることで、子どもたちに「障がいは触れてはいけないもの」という間違った認識を植え付けてしまう可能性があります。海外だと全く逆で、私の義足を見ると「この子が興味があるから少し見せてくれませんか?」「クールだよね、これ」とむしろ積極的に近づいてきます。

私は、障がい者に対する知識があるとないでは、人生に大きな差が生まれると思っています。だから学校訪問の際、私はいつも子どもたちにこう聞くんです。「明日事故で脚を切断したら、義足で学校に来れる?」と。大半の子は「怖くて来れない」と答えます。「何故?」と聞くと、「周りの目が怖いし、恥ずかしいから」と。でも、私の話を聞きおわった子どもたちに、もう一度同じ質問をすると、「もう大丈夫。堂々と学校に来る」と子どもたちは言うのです。

──パラアスリートをとりまく環境で、変えていきたいことはなんでしょうか?

パラアスリート用の施設や環境づくりも大事ですが、それ以上に、障がい者だからと言って、当事者も周囲の人もやりたいことを諦めなければならないわけではない、という意識改革が必要だと思っています。障がいがあるからできなくなることはあります。ですが、たとえ形は違っても、好きなことを始める方法は必ず見つけることができます。明日、怪我や病気で体に障がいを負うかもしれないリスクは誰にでもあります。そのとき、障がいとともに生活したり、スポーツを楽しむなどの術があることを知っているだけで、希望が生まれます。人は希望なくして生きていけません。私も、「脚1本なくしたからといって、全てが終わったわけじゃない。むしろ今の方が人生楽しいよ」と、自分の姿を見せることで誰かの希望に繋がると信じています。

人生の可能性に賭ける。

──ご自身の価値観や視野の持ち方に影響を与えたロールモデルはいますか?

私と同じ障がいを持つアメリカのパラアスリート、サラ・レイナートセンさんです。いまから9年ほど前に、義足をつけて堂々と仁王立ちする彼女の写真を見た時、衝撃が走りました。そして、「ここまでの人物になれば、むしろ脚を切って良かったと思えるかもしれない」とすら感じたのです。ですが、当時の日本にはパラトライアスリートがいませんでした。そこで、全米の障がい者スポーツを目指す人たちをサポートする団体CAF(=Challenged Atheletes Foundation) が、無料のトライアスロンキャンプを開催するという告知をネットで見つけ、単身渡米しました。

現地のトレーニングセンターのホールには、サラの写真が大きく飾られていて感動しました。全米から参加者が集まる中、私はこのキャンプに参加した初のアジア人だったこともあり、皆さん歓迎してくれました。参加者の義足の写真を撮らせてもらって改良用の資料をつくったり、ヘッドコーチのマーク・ソルティーノに「由加子はきっと日本のパラトライアスリート先駆者として世界一になる」と言葉をかけてもらったことは、大きな励みと収穫になりました。その後、15年にサラが来日する機会があり、「あなたの写真を見てトライアスロンを始めたんです」と伝えました。その言葉に心底喜んでくれた彼女から贈られた「次はあなたの番。あなたが日本でそういう存在になるの」という言葉は、永遠に私の中で輝いています。

──自身の活躍を通して伝えたいことはなんでしょうか?

やってダメだったら、諦めもつく。でもやる前から諦めてはいけない。スポーツを通して、とにかく一歩を踏み出さなくては何も始まらないということを学びました。以前の私は、脚がないことを理由に何もできないと諦めたり、逃げたり、なんて可哀想な自分──そんなことばかり思っていました。でも、競技を通じて出会った人たちが、自分の可能性に賭けることの意味を教えてくれました。とにかく、何をするにしても、ただ心が楽しいと感じることを追求すること。それこそが全ての原動力になるのですから。

──最後に、秦さんはどんな未来に生きたいですか。

難しい質問ですね(笑)。でも一つ思うのが、何をするにしても、行動の前提に必ず愛がなくてはならないと思うんです。スポーツなら、勝っても勝利そのものを喜ぶ感情より、その勝利を分かち合うことができる誰かがいれば、それで良い。物理的なことより、誰かと繋がっていることを味わえることが、人間の幸せだと感じます。

自分の産んだ子どもの脚がなくなってしまった、骨肉腫にしてしまったと自分をいつも責めていた母は、脚の切断が決まった時、一緒に病院の窓から飛び降りようと思ったそうです。この先の人生が可哀想だ、今人生を終わらせた方が楽だと。でも、今では競技に没頭したり、「脚のない人生も結構楽しいよ」と笑い飛ばす私にどこか救われているようです。「あなたが生まれてきてくれて良かった」──そう家族に言われたら、これ以上の幸せはありません。

Profile
秦由加子(Yukako Hata)
1981年生まれ、千葉県出身。日本トライアスロン連合(JTU)パラトライアスロン強化指定選手(PTS2)キヤノンマーケティングジャパン・マーズフラッグ・ブリヂストン所属。キヤノンマーケティングジャパン勤務。社会人となった2007年から水泳をはじめ、’10年からは日本身体障がい者水泳連盟の強化指定選手として多くの国際大会にも出場。’13年よりトライアスロンへと転向し、’16年のリオパラリンピックでは6位入賞を果たす。現在、世界ランク4位。

グラフィックマガジン『GO Journal』
GO Journal』は、パラアスリートやパラスポーツをアートという切り口で発信し、ダイバーシティ&インクルージョン社会の発展に向けて一人一人の行動を喚起することを目指すグラフィックマガジン。日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)が主催するプロジェクトで、写真家・映画監督の蜷川実花がクリエイティヴ・ディレクターをつとめる。最新号のISSUE 05は、東京2020パラリンピック開会式が行われる8月24日に発刊する。東京2020パラリンピック日本代表選手の中西麻耶(陸上競技)と池透暢(車いすラグビー)、岩渕幸洋(卓球)の写真とインタビューを掲載。WEB版ではバックナンバーも含めアスリートらのインタビューをフルサイズで読むことができる。

Photos: Mika Ninagawa, Courtesy of GO Journal Text: Masami Yokoyama Editors: Maya Nago, Yaka Matsumoto, Mina Oba

引用:VOGUE JAPAN

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