AI(人工知能)は様々な分野でイノベーションを起こしているが、最近の報道で注目されているのは、脳の活動から思考を文章化し、アウトプットするAIシステムの開発に新たな一歩が刻まれたことだ。 このシステムには、グーグルの最新AIチャットボットBardや、話題のOpenAIのチャットボットChatGPTと同様のトランスフォーマーモデルが使用されており、脳外傷や脳卒中、神経変性疾患などにより、コミュニケーションに障がいを抱えた人々にとって、大きな恩恵となる可能性を秘めている。 AIの進化が著しい昨今、コミュニケーションに困難を抱える人をサポートする医療はどのように変化していくのだろうか。同分野のAI開発動向と、そのインパクトを探ってみたい。
病気や事故で様々な後遺障害を抱える人は少なくない(UnsplashのSincerely Mediaより )
事故や脳卒中、また様々な疾患によって発話に障がいを抱えた人は、これまで、タッチスクリーンやキーボード、音声生成コンピュータなどのコミュニケーション支援機器を活用していたが、AIによって今後、これに新たな選択肢が加わることになるかもしれない。 今年5月にNature Neuroscience誌で報告された、前述の脳活動を文章に変換するAIシステムは、これまでの言語解読システムと異なり、外科的な電極埋め込み手術を必要とせず、頭部に外から電磁波を当て、脳活動を調べるfMRIのスキャンデータのみを用いるという非侵襲的な点が革新的だ。
このAIシステムは、ニュースリリースによると、約半分の確率で被験者が考えた元の文章の意図した意味に近い、または正確に一致する文章を作成した。 「半分の確率」というのは、実用にはまだ遠いように聞こえるかもしれないが、非侵襲的な方法では、これまでは単語や短い文章程度の作成のみが可能だったことを考えると、これは飛躍的な進歩であり、今後のさらなる技術の発展に期待が寄せられている。 現段階では、この技術はfMRIスキャナーの使用が必須であるため、実験室以外の場所で使用することはできないなどの制限があるが、開発者は、いずれよりポータブルな脳画像診断システムでも使用できるようになると考えているそうだ。
脳の言語を司る領域の活動と文字や単語を対応させるAI技術に期待が寄せられている(UnsplashのRobina Weermeijerより )
このような脳領域の活動を拾って、機械学習で脳活動と文字や単語を対応させるAI技術に関しては、すでに2021年に、カリフォルニア大学サンフランシスコ校によって、脳に損傷を負い話す能力を失った男性に対し、脳の信号をコンピューターで作成した文字に変換した研究が、The New England Journal of Medicine誌に発表されている。 この段階では手術により脳の皮質に直接クラスター電極を設置する必要があり、この研究でも、電極を左脳の音声処理で知られるいくつかの領域にまたがって配置した上で、約4カ月間、50回のトレーニングが行われ、脳活動と意図する発話との間のマッピングの学習が行われた。
この脳の活動から思考を文章化するという技術にとどまらず、言語に関連した医療分野におけるAI活用の可能性は限りない。 チャットボットや音声で作動するスマートホーム機器に広く活用されている自動音声認識(ASR)アルゴリズムも、コミュニケーションに障がいを抱える人にとって有用だ。 例えば、ASRアルゴリズムを使用し、麻痺などにより不明瞭な発語しかできない人の言葉を、コンピューターから合成音声で明瞭に出力するツール、また聴覚に障がいを抱える人に対し、会話の相手の発語から字幕を生成するようなツールの開発が進められている。 他には、ボイスバンキングと呼ばれる、いずれ口頭でのコミュニケーション能力が失われることが分かっている進行性の疾患の人の声を保存、カスタマイズされた合成音声出力の開発に使用し、話者の自然な声をより忠実に反映する技術にもAIの活用が期待されている。
言語障がいを持つ子供は就学にあたってサポートが必要となる(UnsplashのTaylor Floweより )
また、米国では、3~17歳の子どもの8%が言語障がいを、4%が重大な言語障がいを抱えているとされるが、このような子どもたちの支援にも、AI技術の活用が期待されている。 言語障がいを持つ子供たちは、就学などにあたって、コミュニケーションや授業の理解に抱える障がいが大きな障壁となり、それが成人後の失業や低所得につながると言われている。 この問題の解決には、専門家による早期介入が重要な役割を果たすにもかかわらず、米国では障がいを持つ子どもの半数以上が不十分なサポートを受けているか、まったく治療を受けていない。
しかし、急速に進化するAI研究は、この分野でも新しいツールの開発に道を開いている。そのひとつが、言語障がいを持つ子どもたちを対象にした、AIによる早期診断ツールだ。 データサイエンスとAIのマルチメディアである「Open Data Science」は、AIによる診断は従来の方法よりも正確でタイムリーであり、迅速で、大量の患者データを同時に分析することができることから、従来は診断まで何年も待たなければならなかった子供とその家族に大きなメリットをもたらすと説明している。
より医療や福祉のリソースの限られた国ではこの問題はさらに深刻だ。中・東欧と中央アジアには、コミュニケーションに何らかの障がいを持つ子どもが500万人以上いるとされるが、適切なサポートに辿り着くのは、米国以上に困難だ。 その結果、これらの子どもたちの多くが適切な教育へのアクセスが限られ、言語療法を受けることができず、不安、孤立感を抱えたまま放置されることも少なくないという。 そんな課題を抱える国の一つである東欧ルーマニアからも、AIを活用した支援ツールが生まれている。言語聴覚士のダニエラ・ミハエスク氏が、2015年、ルーマニアのeラーニング会社Ascendiaに入社し、開発に携わった「Timlogo」だ。
Timlogoは、AIを使って子どもたちの発音を分析し、特定の発話の問題を見つけ出し、最も適切な練習コースを推奨する対話型のデジタル発語ツールだ。 子どもの上達とともに、提案される課題も変化するよう設計されており、ゲームやキャラクター、ストーリーなど、子どもの興味を引きつける要素を盛り込んだゲーミフィケーションにより、子どもたちが楽しく取り組めるように工夫が凝らされている。 Timlogoは現在、510人以上の言語聴覚士とルーマニア全国14校の学校で使われているが、このほどマイクロソフトから助成金を獲得しており、これを活用して、今後数年のうちに、ポーランド、モルドバ、ハンガリー、ブルガリア、セルビアへサービスを拡大することを目指している。 脳の活動から思考を文章化するといった最先端技術だけでなく、広く活用が進められているコミュニケーションと医療分野のAI技術。 コミュニケーションという日常生活の重要な要素に課題を抱える多くの人々にとって、有益な技術やツールが生まれることを期待したい。
文:大津陽子 / 編集:岡徳之(Livit)
引用:AMP
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