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重度障害の子でも、自分で「選ぶ」 母親たちが教わったこと #人工呼吸のセラピスト

Feb 21, 2023
24時間人工呼吸の身で、NPO法人ピース・トレランスを立ち上げた押富俊恵さんの地域デビューは、大きな反響を呼んだ。中でも、重い障害のあるわが子を育てながら社会の理解を高める活動をしてきた母親たちは、押富さんの「本人の思いが一番」のメッセージに敏感に反応した。

前回:障害者への「意識のバリア」をなくす NPO法人設立の道

娘の「成人式と選挙への参加」が目標だった

地元FM局ラジオサンキュー(愛知県瀬戸市)のパーソナリティー・林ともみさんは、2016年2月に押富さんと出会ったころ、迷っていることがあった。重度の知的障害・身体障害がある19歳の長女、美優(みゆ)さんを、選挙に連れていってよいかどうか、という難問だった。

障害があっても社会の一員と考えるともみさんは、娘の「成人式と選挙への参加」を長年の目標にしてきた。公職選挙法の改正で18、19歳が有権者となり、この年の7月の参院議員選挙では、美優さんに初めて投票券が送られてくる。

しかし、現実のハードルは高い。字も書けず、丸を打つことも、話も、指差しもできない。「政策を理解して投票」なんて不可能だ。仲間のお母さんたちを誘っても賛同は得られず、気持ちが揺らいでしまった。

「それまでも、娘のことで行動を起こすとき、いつも心のどこかで『すみません』って気持ちがありました。周りにペコペコしていたんです」と林さんは当時を振り返る。

2020年、押富さんと名古屋で食事を共にした林ともみさん

2020年、押富さんと名古屋で食事を共にした林ともみさん

「押富さんと出会って、凛としたところが本当にカッコいいと思いました。そして『すみません』と言うこと自体が、娘に失礼なのかもと気づいたんです。伝えても伝わらないことはあるけれど、伝えてみなければ、始まらない。アクションを起こすことが大切だと、学ばせてもらいました」

候補者全員のポスターを写真に撮り、自宅で娘に見せて「誰がいい?」と尋ねるうち、常に同じ人を選ぶようになった。「これなら行けそう」と、瀬戸市役所の選管に相談した。しかし、投票用紙には、候補者の写真はない。

期日前投票に出かけるまでの数日は、候補者別に切り離した文字カードを見せて、何度も練習した。本番でも、候補者ごとの「切り離し方式」にしてもらい、美優さんが同じ人を何度も選べば選管職員が代筆する形にした。

選挙区、比例代表と美優さんは何とかクリアし、林さんは涙が出たという。以来、計8回の選挙に必ず出かけている。

「本人は本当に投票に行きたいのか、など反論ももちろんあります。意思が伝わらず白票になったこともあります。でも、私は社会の一員として、投票所に出かけることを大切にしたい」と林さん。

3月には、障害のある人の投票推進に尽力する平林浩一・東京都狛江市副市長(総務省主権者教育アドバイザー)を講師に招いて「選挙のバリアフリー」をテーマにした講演会を主催する。

そして、押富さんが発案したピース・トレランスの看板イベント・ごちゃまぜ運動会にも、美優さんとともに毎回参加。だれも排除しない「インクルーシブ」の心地よさを楽しんでいる。

2022年、娘の美優さんとごちゃまぜ運動会で準備体操をする林さん

2022年、娘の美優さんとごちゃまぜ運動会で準備体操をする林さん

「車いすから見える世界」

ごちゃまぜ運動会などピース・トレランスのイベントに精力的にかかわってきた廣中志乃さんは、中学3年になる長男・翔梧さんが超低体重で生まれ、脳性まひで寝たきり。

孤独な育児に苦しんだ経験から「家に閉じこもりがちな重度心身障害児の母親たちがつながる場を」と、2014年に「NPO法人にこまる」を尾張旭市に立ち上げた。在宅の医療ケア児へのヘルパー派遣や、障害児の放課後デイサービスなどの通所施設を運営している。

押富さんから受けた衝撃の大きさを、廣中さんはこう説明する。

「私は息子から与えられたことはたくさんあるけれど、息子がどう思っているか、考えることはなかったんです。言葉を発しない子だから、私が決めるのが当たり前だと思ってた。でも、押富さんが『私のことを私抜きで決めないで』と行動する姿に、自分の常識を覆されました」

2019年、息子の翔梧さんを連れて講演会に参加した廣中志乃さん

2019年、息子の翔梧さんを連れて講演会に参加した廣中志乃さん

16年夏。押富さんと一緒に地下鉄に乗る機会があり、「車いすから見える世界」を教えてもらった。

駅の券売機の位置が高くて、切符を買うときはだれかに介助をお願いせざるをえないこと。プラットホームの点字ボードは、車いすユーザーには振動があって苦手であること──。わが子が車いすで生活しているのに、知らないことばかりだった。

この時の行き先が、車いすの障害者たちの活動拠点として有名な社会福祉法人AJU自立の家(名古屋市昭和区)。最寄りの御器所(ごきそ)駅に降りたら、周りの人たちが押富さんの介助に駆け寄ってきて「ここでは、障害者はマイノリティーじゃないんだ」と気づいた。

車いすで外に出ることで社会が変わる、という意味を実感できた。

大事なのは「子どもが選ぶこと」

にこまるの職員や親たちにも共有してほしいと、押富さんを講師に「自己決定」をテーマにしたセミナーを開いた。そして、18年からは非常勤の作業療法士として勤めてもらうことにした。隔週の短時間勤務と在宅ワークだ。

押富さんが主に担当したのは、季節に応じたプログラムの提案や指導だ。たとえば「鯉のぼりを作ろう」。ビニール袋に、さまざまな色の紙を丸めて詰めて、形を整える。大事なのは、子どもに好きな色を選んでもらうこと。

通常のコミュニケーションは困難な子が多いが、日ごろからいろんな質問をして、表情や動作などの反応を見る中で、本人の思いが表出されることもある。それが自己決定の芽。

クリスマスリースのような小物の場合は、「何個作るか、だれにあげたいか」も質問したりする。それぞれの子に合わせて、手順を変える場合もある。

いつも手順書で作業の目標や進め方などを丁寧に説明し、自作の見本も添えるのだが、そのクオリティーが高すぎて、スタッフたちは真似できなかったそうだ。

作業療法士として働くのは11年ぶり。大好きな子どもたちに関わる仕事を、押富さんは心から楽しんでいた。そんな姿を見て、廣中さんは思った。

「私たち親は、障害のある子を産んで申し訳ないって、心のどこかで思ってきたけれど、そんなふうに考えなくていいんだと気づかせてくれた」
その言葉は、林さんとぴたりと重なる。

障害を持つ作業療法士として一緒に「当事者セラピスト」の講演活動をしていた山田隆司さんも、にこまるの施設長になり、本人の思いを大切にする意識が隅々に浸透していった。

2021年4月初め。押富さんから届いたLINEは、入院が長引いていることを伝え、次のプログラムにチョウチョの壁飾りとマイすごろくを提案していた。

それが最後になるとは、廣中さんは想像もしていなかった。

連載:人工呼吸のセラピスト

引用:forbes
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