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【月経前の4日間が危ない!?】女子サッカー選手のACL(膝の前十字靭帯)損傷が世界的な問題に。WEリーグ各クラブの取り組みは?

Feb 7, 2023

現在、ヨーロッパでは女子サッカーの商業価値が向上し、未曾有の「女子サッカーバブル」が起きているが、そんな中、問題になっているのが、膝の前十字靭帯のケガの多さだ。今、世界の女子サッカー選手ベスト20に入る選手のうち、5名が前十字靭帯を損傷しているというから非常事態だ。選手生命を絶たれかねないこの大ケガ、実は日本でも同様の問題が起こっている。

また、女子選手は、男性とは異なる骨格や、ホルモンバランスの違いから、男子選手に比べてACL損傷のリスクが4〜6倍高いとも言われる。そして着地時や反転時などの非接触型が7〜8割を占めており、バスケットボールやフットサル、バレーボールなど他競技でも女子選手に多くの症例が報告されている。

欧州では、各国の代表主力級選手にこのACLのケガが多発しており、現在、世界の女子サッカー選手ベスト20に入る選手のうち5名がACLを損傷しているという非常事態に。さすがに代表監督や、当事者の選手たちからも声が上がり始めた。

2年連続でバロンドールを受賞したスペイン代表のMFアレクシア・プテージャスは、昨年7月の女子ユーロ大会直前にACLを断裂し、大会欠場を余儀なくされた。また、同大会で得点王とMVPを受賞し、イングランド史上最高のFWとも言われるベス・ミードも同じケガで、今夏のW杯に出られない可能性がある。

イギリスの一般紙「ザ・ガーディアン」によると、イングランド代表のサリナ・ヴィーフマン監督は、「FIFAやUEFAなど、世界中の連盟がACLの問題について動くべきです。トッププレイヤーに対するゲームの要求はますます高くなっていますから」と述べた。

イングランドの女子スーパーリーグ(FA WSL)では夏以降、少なくとも10人の選手が離脱しており、FA(イングランドのサッカーを統括する国内競技連盟)も調査に動いている。理学療法士や医師らが原因の調査や研究を進めており、近いうちに新たな研究成果を発表する予定だという。

背景には欧州の女子サッカーバブル=過密日程も

イングランドの女性ジャーナリストAlina Ruprechtによると、ドイツ1部のバイエルン・ミュンヘン女子チームのアレクサンダー・シュトラウスヘッドコーチは、「クラブや連盟だけでなく、さらに上の組織が現実に目を向ける必要がある。来年のスケジュールは狂っている。ポイントとなるのは、選手の人数やローテーション起用だろう」とリーグの過密日程に警鐘を鳴らした。

また、同氏は「パンデミック後の変化があまりにも速かったのではないか」と指摘した。

欧州の強豪チームは、年間40〜50試合をこなす。背景には、女子サッカーの商業価値が向上し、未曾有の女子サッカーバブルが起きているという事情がある。トップクラスの選手たちは常に緊張感に晒され、ケガのリスクと向き合っているのだ。

では、日本はどうだろう。WEリーグでは、昨季、各チームが始動してからの2年間で膝のケガについて出されたリリースの数は「50」(内側/外側側副靭帯損傷、半月板損傷を含む)。今年の夏以降のACL損傷は12名で、中には代表候補選手も含まれる。これは、イングランドよりも多い数字だ。

ただし、欧州のような過密日程ではなく、WEリーグは年間25〜30試合。1年目は年間20〜25試合前後で、「試合数が少なくてコンディションが保ちにくく、興行面でも盛り上がりにくい」という声が上がったため、今季からカップ戦が新設された。さらに試合数を増やすためには予算の壁が立ちはだかる。

潤沢な予算がある一方で試合数過多が問題視されている欧州とは対照的だが、興行面と選手の負荷のバランスを改善する必要性は共通している。

寒さや強度の変化もリスク要因か

ACLのケガのリスクを左右する要因としては、芝の種類や使用するスパイクなども挙げられる。天然芝に比べて人工芝は一般的にグリップ力や摩擦力が高くて硬く、膝への負担が高まる(ケガの発生率に大きな差はないというデータもある)。特に若い選手においては、グリップ力が強いシューズに見合った体ができていない場合や、フィールドと合っていない場合などに靭帯を切ってしまうことがあるという医師の報告もある。

WEリーグにおけるクラブ別のACLのケガ人数と、負傷時期(4月〜9月よりも10月〜3月に多い)に目を向けると、寒さやプレー強度との関係も無視できない。

WEリーグは欧州リーグに足並みを揃える形で秋春制を採用しており、寒冷期の試合が増えた。寒い時期は筋肉や関節の柔軟性が低下し、ケガのリスクが高まる。1月の皇后杯など、氷点下の中で行われた試合もある。

WEリーグは、スポーツパフォーマンス分析会社「InStat」の調査に基づき、「リーグ初年度は、1試合あたりのプレッシング回数が海外リーグに比べて多かった」というデータを公開した。

インテンシティ向上の背景には、プロ化によって自主トレーニングの時間が増えたこと、戦術の落とし込みが進んでいることなどが挙げられる。その変化に対応できる体づくりも必要になるが、初年度は「自主練を急激に増やしたことで、負荷が強すぎて体がついていかなかった」と話す選手もいた。

そうしたプロ化による環境の変化との因果関係について、リーグは実態の把握を進めているようだが、まだ切迫感は乏しいように感じる。

 

ケガ人を減らすための取り組み

膝前十字靭帯のケガについては、いまだ予防法は確立されておらず、万国共通の解決策はまだないが、さまざまな団体や組織によって進められてきた研究の中には、一定の効果をあげているものもある。

たとえば、国際サッカー連盟(FIFA)は、スポーツ外傷・傷害予防のためのウォーミングアッププログラム「FIFA11+(イレブンプラス)」を紹介しており、日本サッカー協会のウェブサイトで日本語版を見ることができる。このような予防プログラムを取り入れることで、女性アスリートのACL損傷のリスクは45%低下すると、海外の多くの論文の分析に基づいて報告されている。

WEリーグでも、ケガ予防への取り組みは様々で、中にはかなり有効だと思えるものもある。

INAC神戸レオネッサは、昨季開幕から最もケガ(リリースに基づく)が少なかったチームだ。クラブが予防の観点から重視してきたのは、「グラウンド」「移動」「食事」「休息」の4点。

練習環境の変化や移動がケガのリスクにつながると考え、ここ数年は地方でキャンプを行わない方針を徹底。多くのスポーツ選手の怪我の治療やケアをしている神戸大学医学部附属病院のサポートを受け、トレーナーを通じて様々な情報やアドバイスを共有されているという。

安本卓史社長は言う。

「週に1回は筋トレを含むフィジカルトレーニングを取り入れています。WEリーグになってプレー強度もスピードも上がっていますし、男子選手と同じようにトレーニングするのはタブー。チーム関係者は全員が共通認識を持っていて、トレーナーからは毎日、個々の選手の状態のレポートが届きます」

同じくWEリーグで戦うノジマステラ神奈川相模原は、ハードワークとケガ予防を両立させるトレーニングメソッドを取り入れている。4年ぶりに今季から指揮官に復帰した菅野将晃監督の練習はハードなことで有名だが、その最大の目的はケガ予防。同クラブでは、オフ明けの火曜日に「ファルトレク」というトレーニングを行なっている。

「自分が湘南の監督をやっている時(2006年〜2008年)にブラジル人のフィジカルコーチから教わったトレーニング内容をマイナーチェンジしながら今に至っています。室内での筋トレではなく、膝周りを中心に筋肉系をピッチ上のいろいろな動きの中で強化しています」(菅野監督)

その成果は、数字にも表れている。2012年から現在までの11年間、同氏が率いたチームでACLのケガは2人。これはかなり少ない数字である。だが、菅野監督は「成果は長い目で見ないとわからない」と話しており、引き続き動向を見守りたい。

月経周期にも関連が

3つ目の事例は、関東女子1部リーグの南葛SC WINGSだ。チームを率いる辛島啓珠監督は、現役時代にケガに苦しんだ経験から、ケガを減らすために常に情報をアップデートしている。

「基本的には練習のメニューや強度を決めるのは監督です。女子選手は、体が疲れている時でも監督からの要求やコーチング次第で、それを100%でこなそうとすることがあります。自分の体を一番知っているのは本人ですから、選手自身がセルフコントールすることが大切で、状況によっては『やっているふり』をすることも必要だと思います」

同チームでは、各選手の疲労度や痛みの有無について、Googleフォームで提出してもらう。特にケガが多いオフ明けに、選手個々のコンディションを見ながらケガのリスクに監督がどれだけ配慮できるかが重要だと辛島監督は言う。

そのように、現場で戦う監督やコーチ、関係者たちの貴重な談話や取り組みを一元化し、共有していけるような仕組みづくりが必要ではないだろうか。

最後に、以前取材をしたチェルシー・レディースFC(イングランド)のエマ・ヘイズ監督の事例を紹介したい。

2012年から同チームの監督を務める同氏は、女子選手のACL損傷の原因を追求し、予防のための情報発信に努めてきたパイオニア的存在である。2017年末の来日時に指導者向けに行ったセミナーでは、以下のような研究成果が発表された。

・たとえば月経周期を28日間で一つのサイクルと考えた時に、最も注意しなければいけないのが月経前の4日間(25日目〜28日目)で、この時期をPMS(月経前症候群)という。この時期には、反応速度の低下や神経と筋肉間の調整力低下、血糖値低下、体のむくみによる関節への負担増、有酸素機能の低下による筋力低下などが見られる=トレーニング負荷を減らすなどの対策が有効

・月経周期の最初の14日間はエストロゲンが高くなり、筋肉の疲労回復に時間がかかる

・28日間の周期の中間(12日目〜17日目あたり)は、脳も心臓も活発に働く時期で、パフォーマンスが高くなる。

・月経の時期にセロトニンが減少するとネガティブ思考になる確率が高まる

・女性は男性に比べて腰から下の脂肪率が高く、遅筋繊維が多いため長い距離を走れる。エネルギー効率を良くするためにプロテインの活用が効果的な場合もある

・28日間の月経周期のうち、12日目〜17日目は脳も心臓も活発に動く時期でパフォーマンスが高くなる

ドイツのスポーツ誌「シュポルトビルト」によると、エマ監督は2020年3月から、アプリで選手の体調や生理の周期を管理し、各選手のトレーニング負荷を調整する仕組みを導入した。トレーニングは全体で行いながら、メニューごとにセッション本数を調整するのだという。こうしたシステムを取り入れるのはハードルが高くとも、監督や選手がそうした知識を持っておくことは、予防に有効だろう。

ACLのケガは受傷した本人はもちろん、家族や、チームを支えるサポーターにも大きなショックを与える。ワールドカップイヤーで女子サッカーに注目が集まる今年を一つの機運と捉え、欧州リーグの動向も注視しつつ、WEリーグでも選手を守るための議論が活発化することを期待している。

引用:集英社オンライン

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