認知症と「歩行」の重要な関係、最新の研究結果で低コスト予防法に光明

C magazine for the PT OT ST

認知症と「歩行」の重要な関係、最新の研究結果で低コスト予防法に光明

Jul 14, 2022

昨年、話題になった認知症治療の新薬「アデュカヌマブ」は、日本での承認が見送りとなった。課題の一つが、同薬の価格の高さだ。また認知症は早期発見が鍵となるが、発見のための検査が高額になることも。こうした認知症の早期発見、早期の段階での治療・認知症の進行予防に立ちはだかる「お金の壁」は、大きな課題となっている。そんな中、低コストで実施可能な方法の効果を示す研究の成果が発表された。その内容とは。(医療ジャーナリスト 木原洋美)

注目の認知症新薬は日本で承認ならず
高過ぎた「お金の壁」

2021年6月、「アメリカで認知症の新薬が条件付きながら約20年ぶりに承認された」とのニュースが話題になった。新薬の名は「アデュカヌマブ」。アルツハイマー型認知症の発症に大きく関わっているとされるアミロイドβタンパク質(Aβ)の凝集体を標的とする化合物で、認知機能の低下(悪化)を抑えられるとのことだった。

「効果が期待されるのは、軽度認知障害(MCI)および軽症のアルツハイマー病の患者さんに対してです。神経細胞が元気なうちに原因物質を取り除くことで発症を遅らせる」

アルツハイマー病専門医の新井平伊医師(アルツクリニック東京院長)も大きな期待を寄せていたのだが、残念。欧州医薬品庁が「アデュカヌマブの有効性や安全性が明確に示されていない」として承認を見送ったことに倣ったのか、日本での承認も見送りとなってしまった。

最大の理由は「費用対効果の低さ」だ。試験で確かめられた予防効果23%は、統計学的には意義ある数字だが、臨床的には弱い。

しかも同薬の販売価格は投与1回で約47万円、年間で610万円もかかる。高額な薬価が議論を呼んだがんの治療薬「オプジーボ」よりもさらに高額とあっては、厳しい評価も致し方ないのかもしれない。

やはり、認知症治療薬は夢のまた夢なのか。がっくり来ていたところ先日、日本発の明るいニュースが飛び込んできた。低コストでできる早期診断法と治療法に関する情報だ。

認知症の早期発見・進行予防に
光明が差し込んだ

教えてくれたのは、東京女子医科大学名誉教授の大塚邦明氏。宇宙医学から線虫によるがん検査まで、幅広い造詣を持つ内科医であり、東京女子医科大学東医療センターの病院長も務めた名医である。とりわけ老年医学には注力しており、時間医学老年総合内科(寄付臨床研究部門)を主催している。

認知症予備軍のことを、医学界では軽度認知障害(mild cognitive impairment、MCI)と呼んでいる。軽度認知障害は放置しておくと1~2年後にアルツハイマー病に進行してしまうため早期発見は極めて重要なのだが、それが実は難しい。前述のアデュカヌマブも、早期であればあるほど治療効果が望めるため早期発見が重要なのだが、確実に見つけるには「アミロイドPET検査」という超高額な検査(例えば某PET診断センターでは税込み22万5000円)が必要だといわれている。

それでもMCIを早期に見つけたら、ちゃんと治療できるというなら話は別かもしれない。だが、仮に見つかったとしても病気の進行を遅らせるだけ(現状の薬の効果)しかできないのだとしたら、検査のハードルはあまりにも高過ぎるし、早期発見は早期絶望になりかねない。

この現状に光明をもたらしたのが、大塚教授らのグループだ。

「効果のある薬剤はまだ見つかっていませんが、早期発見し、適切な生活治療を施せば、健常人に回復することも珍しくはありません。そのため、(早期発見は)医療にとってとても重要な課題です。ところが、これまでそのためのツールとしては、モントリオールから出されたMoCAしかありませんでした」(大塚教授、以下同)

MoCAとは、モントリオールの大学のグループが2005年に考案した軽度認知症診断ツールのことだ。10~20分ほどで終えられる30問の簡単なテストで、認知症の評価に役立つ。25点以下がMCIで、感度(患者を発見する精度)80~100%、特異度(健常者を見分ける精度)50~87%といわれる。

ただ、日本人向けに開発された検査ではないため、大塚教授らはより高い精度を目指して6年前、ToCA(東京版のMoCA)を開発。2000年から北海道の浦臼町(人口1671人、22年5月末時点)において、フィールド医学調査の一環として町の保健センターと協同で実施してきた物忘れ健診に取り入れた。

「MCIを早期発見し、認知症に移行しないための小さな取り組みでしたが、驚くべき成果が得られました」

専門医がいなくても分かる
MCI早期発見の診断方法とは

まずはスクリーニング法について。物忘れ健診を受診した高齢の住民121人に対してToCAを中心とする検査を実施した結果、感度88.2%、特異度88.5%でMCIを検出することができた。

時間をさかのぼって説明しよう。

大塚教授らは2000年から、北海道の浦臼町において町主導の老年医学健診を実施してきた。この町の高齢化率は高く、高齢者の健康をいかに守るかが第一の課題であった。ただし貧しい自治体ゆえ、お金はかけられない。少ない資金で効率の良い成果を上げることを追求し、食事・運動・眠りを指導することで、生活習慣病(高血圧・糖尿病・脂質異常症等)や抑うつへの取り組みを行い、成果を上げた。

そして、次なる課題が本稿のテーマである、超高齢化した町でMCIを早期発見し認知症予防にいかに取り組んでいくか、だった。MRIや脳血流シンチグラフィーのような、大都会なら普通にある検査機器は使えない。
編集部注※脳の血液状態などを見るための検査

加えて、MCIを的確に診断するためのスクリーニング検査法も、まだ十分には開発されていない。そこで教授らは、前述のMoCAを参考にして、高齢者住民のMCIを早期発見するため日本人に見合った臨床神経心理学的テストTokyo Cognitive Assessment(ToCA)‐MCIを編み出したのである。

「ToCA‐MCIは MoCA に比べて比較的長文(25語)の物語の短期記憶を評価することが特徴です。パソコンにこのソフトをインストールし、パソコンから課題を住民に語りかけ、住民の皆さんにはそれに応答する形で順次回答してもらいます」

ToCA‐MCI以外にも、睡眠障害と抑うつ、身体活動能力(5m歩行速度、握力)、老年症候群(ロコモティブ症候群、サルコペニア、フレイル)などの計測など、さまざまな検査を組み合わせた。

ロコモティブ症候群とは、「高齢化によりバランス能力および移動能力の低下が生じ、閉じこもり・転倒リスクが高まった状態」と定義されている。

この調査では、

(1)片足立ちで靴下がはけない
(2)家の中でつまずいたり滑ったりする
(3)階段を上がるのに手すりが必要
(4)横断歩道を青信号で渡りきれない
(5)15分間、続けて歩くことができない
(6)2kg程度の買い物をして持って帰るのが困難
(7)掃除機の使用、布団の上げ下ろしができない

という質問のうち、該当する項目数をロコモスコアとして評価。ロコモスコアが1以上で、かつ歩行速度が0.8m/秒以下に低下している場合をロコモティブ症候群とした。

サルコペニアは、「加齢に伴う筋力の低下、または老化に伴う筋量の低下」と定義されているが、この調査では、

(1)体重減少(2年間で3kg以上の体重減少)
(2)握力の低下(女性<20kg、男性<30kg)
(3)歩行速度の低下(0.8m/秒以下)

の3項目のうち2項目以上当てはまる場合と定義した。

フレイルは、「加齢に伴う種々の機能低下(予備力の低下)を基盤とし、種々の健康障害に対する脆弱性が増加している状態」と定義されるが、

(1)体重減少(6カ月間で2~3kg以上の減少)
(2)2週間わけもなく疲れたような感じがする
(3)握力の低下(女性<18kg、男性<26kg)
(4)通常歩行速度の低下(<1.0m/秒)
(5)活動度の低下(軽い運動・体操、定期的な運動・スポーツをいずれもしていない)を調査し、該当する項目数が0の場合を健康、1~2の場合をプレフレイル、3以上の場合をフレイルと評価した。

続いて、医師による20~30分間の面接診断によって記憶、見当識、判断力と問題解決、社会適応、家族状況および趣味・関心、介護状況の6項目について、5段階で認知症の重症度の評価と、うつ病の有無を評価した。

結果、高価な検査機器を使用せず、専門医がいなくとも、例えば保健師が中心となってToCA‐MCIを実施すれば、約9割もの精度で認知症予備群の早期発見が可能であることが分かったのである。

長期間の生活治療が効果あり
頭よりも足を使おう

MCIの治療についても光明が見いだされた。

大塚教授らはToCA‐MCIの実施によってMCIと診断された住民を対象に、(1)MCI追跡調査で認知症への進行を予知することができるか、そして(2)遅くなった歩行速度と低下した認知機能を改善するための総合的生活指導(以下、生活治療)を1年以上実施することで認知症への進行が抑制されていたかを観察した。

具体的には、浦臼町が主催する2時間の歩行訓練を主眼とする筋力増強教室(貯筋教室)と頭の体操、栄養指導を含む総合的生活指導(お達者クラブ)の生活治療教室への参加を呼び掛けたのである。

この介護予防のための生活治療は、毎週決まった時間に定期的に実施された。

まず、保健師・看護師による健康チェックの後、作業療法士の指導のもと、25分間の集団体操(足首、足指、膝、股関節、腹筋、腰と胸郭、肘・手首・指、肩、頸部の運動、深呼吸)、休憩5分、10分間の頭の体操1(輪ゴムを使った指の運動)、15分間の毎回週替わりの頭の体操2(1人か2人に対し職員1人がついて応用歩行、バランスパッドの上で足踏みなど)、ティータイム10分のスケジュールで実施された。参加は45回以上すなわち1年間を原則とし、以降は自宅で継続。1年を超えての継続利用も可とした。

その後、2380日間の追跡調査により、これらの取り組みが認知症への進行の予防につながることが観察された。

「2380日間の追跡調査中に認知症に進行した住民は、生活指導教室に1年間以上(週1回の頻度で45回以上)参加した群では、14人中1人(7.1%)だけで、対照群の26人中10人(38.5%)に比べて0.19倍も少数でした」

しかも、生活指導教室参加群は対照群に比べて歩行速度が速く、ロコモティブ症候群、サルコペニア、フレイルの頻度も少なかったことが確認されている。

「MCIや超高齢者に見られる歩行速度の低下には、脳の機能的ネットワークの異常が関係しており、例えば8週間程度の介入で運動機能を改善させると、脳の機能的ネットワークの異常が改善され、認知機能の低下が改善することが報告されています」

以前、リハビリテーション医学の名医である藤田医科大学の大高洋平教授は交通事故による意識障害の患者さんのリハビリについて、次のように言っていた。

「(リハビリに有効な)最も強い刺激は立つことなんですね。重力にあらがい、起き上がらせることが重要です。健常な方でも、寝ていたら覚醒は下がりますよね。逆に起き上がれば上がる。意識の底の深さは無限。ものすごく深い人もいれば、それほどでもない人もいる。起き上がらせる刺激によって、底に沈んでいた意識を少しずつ浮かび上がらせるのです」

立つよりもさらに強い刺激になる歩行が、薬よりも頭の体操よりも認知機能の回復に良い影響を与えるであろうことはうなずける。

今回の調査は、歩行への介入治療が脳の機能的ネットワークの多彩な領域に働きかけて認知機能の低下を改善し、認知症への進行を予防している可能性を示唆している。同時に、2~3カ月の短い生活治療よりも1年を超える長期間の生活治療のほうが有効であることが推察された。

また、高齢であるほど脳の機能的ネットワークの回復が悪いとの報告もあり、「できるだけ若年期に生活治療を開始することが望ましい」と大塚教授はアドバイスしている。

(監修/東京女子医科大学名誉教授、東京女子医科大学特定関連診療所戸塚ロイヤルクリニック所長 大塚邦明)

引用:DIAMOND online

Cでの広告掲載、
求人情報や研修会情報の掲載をお考えの方はこちらから
LATEST
MORE
FRIENDS

CのMEMBERに
なってくれませんか??

CのMEMBERになると、
オンラインコミュニティでの
MEMBER同士のおしゃべりや
限定コラムやメルマガを
読むことができます。
MEMBER限定のイベントに
参加も可能です!