慢性痛の治療に使われるVR療法の装置(Parafeed提供)
けがが治ってずいぶんたつのに痛みがなくならない。画像検査で異常がないのに痛みが治まらない。けがと関係ない部位に痛みが広がっていく……。治療が難しいとされてきた、慢性痛のメカニズムと対策がわかってきた。
痛みには大きく分けてけがをしたときなどに起こる「急性痛」と、3カ月以上続く、あるいは再発を繰り返す「慢性痛」がある。慢性痛はがんの治療による痛みや帯状疱疹後神経痛など、慢性疾患によるものもあるが、原因がよくわからないものも多い。持続する痛みによって心を病んだり、仕事を失ったりするケースも報告されている。
このやっかいな慢性痛の正体が近年、明らかになってきた。東京慈恵会医科大学医学部の痛み脳科学センター長、加藤総夫教授によれば、
「原因不明の慢性痛は、脳の神経回路の変化によって起こることがわかってきています。この変化は痛みへの恐怖や不安、怒りやストレスといった社会心理的な要因によっても起こります」
神経回路を変化させる部位の一つとして考えられるのが、「扁桃体」だ。からだや環境に対する警戒や警告をつかさどる部位で、痛みやストレスによって生じる苦しさやせつなさなどにも関係する。
慢性痛の患者の脳では、扁桃体の活動が痛みのない人よりも高まっていることが報告されている。加藤教授らが、顔に炎症があり扁桃体の働きが活性化しているラットの行動を観察すると、顔から遠く離れた足などに軽く触れただけで、すばやく足を引っ込める動きをとった。こうした症状は慢性痛の患者にしばしば起こるという。
「タンスの角に小指をぶつけるとものすごく痛いですよね。後日、そのときのことを想像すると、ぶつけたときの痛みを思い出して嫌な気分になったり、実際に痛みを感じることもあります。あれは痛みの不快感を扁桃体が記憶し、それに反応して警告信号が出ているから。慢性痛の患者さんは痛みを気にしすぎることで、この反応が普通の人よりも過剰に起こっていると考えられます」(加藤教授)
こうした痛みのメカニズムを知ってもらい、「痛みに対する認識を変えること」が改善の第一歩だと加藤教授は話す。この考え方は「認知行動療法」という形で行われている。奈良学園大学保健医療学部の柴田政彦教授は、「痛みが危険なものではないことを知ってもらい、痛みとの付き合い方を見直す方法」と言う。
柴田教授は2015年から、千里山病院集学的痛みセンターで難治性の慢性痛患者を対象に、認知行動療法を取り入れた3週間の入院プログラムを実施している。患者は理学療法士や作業療法士らの指導を受けながら、運動や日常生活に取り組む。痛みのメカニズムを学ぶ講座もある。
「入院では『痛くてもできる』体験をたくさんしていただきます。慢性痛の患者さんは痛みに対して恐怖を持ち、動くことを過剰に避けている人が多く、これが痛みの回復をさらに遅らせることになることがわかっているからです」(柴田教授)
「段階的曝露(ばくろ)」という方法は、患者にとって恐怖の対象になる動作をあえてしてもらう。例えば腰痛で「床の物を拾う動作が腰に悪い」と感じている人は、その動きにチャレンジする。想像よりも楽にできることがわかると恐怖心がやわらぎ、少しずつ動けるようになっていくと言う。
週刊朝日 2022年6月3日号より
「欧米の研究では軽度の慢性痛(腰痛)を持つ人に対し、認知行動療法の一種であるPRTという療法を電話で週2回、1時間ずつ4週間実施し、多くのケースで痛みがほぼゼロになったという結果が報告されました。権威ある医学雑誌に掲載されたことで注目されています」(同)
VR(バーチャルリアリティー)を使った治療も試みられている。VRはコンピューターによって作り出された仮想空間を現実のように知覚させる技術だ。
都内在住の青木悟さん(仮名・72歳)は、30代のときから坐骨神経痛の症状に悩まされていた。数秒に1回、「失神する一歩手前の激痛」に襲われる。当時、整形外科では原因不明と言われたが、59歳のときにMRIを受け、腰の仙骨に神経鞘腫(しょうしゅ)という良性腫瘍があることが判明。これが慢性痛の原因とわかった。
しかし、腫瘍は膀胱や神経のすぐ近くにあり、手術で取り除くことが難しい。そこで痛みの専門医を求め、順天堂大学医学部附属順天堂医院の麻酔科・ペインクリニック外来を受診。井関雅子教授のもとで治療を始めた。
この種の強い痛みに効果がある薬を服用し始めると、かなり改善した。しかし、夕方から夜にかけての耐え難い痛みはよくならない。がんの痛みにも使われるオピオイド系鎮痛薬の服用を始め、増量もしたが夜間痛は続いた。そこで提案されたのがVR療法だった。
「海外では幻肢痛(事故などで手足を失った人が失った部位に強い痛みを感じること)に効果が出ていると聞き、興味を持ちました。『このつらい痛みがよくなるなら何でもやりたい』という気持ちでした」(青木さん)
VRでは端末を頭部に装着し、手でコントローラーを操作する。青木さんは上から落ちてきた「ゴムまり」を破裂させるなどのシューティングゲームを1日1回、20分程度行った。最初に効果に気づいたのは、妻の美幸さん(仮名)だったと言う。
「週に1、2回、家内の運転で出かけるのですが、座ると数分で激痛が起こり、ものすごい叫び声をあげるのが常でした。それが治療から半年たったある日、『最近、悲鳴をあげなくなったね』と言われたのです」(同)
痛みを評価するNRS(Numerical Rating Scale)というレベル表では、11段階のうち想像できる最大の痛みを10とし、現在の痛みがどの程度かを示してもらう。青木さんは治療前にレベル6~7だったものが3までに半減。薬の量も減らせた。治療を始めて3年たった現在も、この状態を維持できている。
井関教授はこれまで10人程度の患者に試験的に使い、多くのケースで効果が得られているという。
「好きなことに集中すると、脳の痛みを感じる経路のネットワークが減弱することで、痛みの感じ方が弱まります。VRもこれと同じようなメカニズムで痛みが改善されるのではないか、そして痛みを抑制する物質が産生されるのではないかと考えています」(井関教授)
米国ではVR療法を使った慢性腰痛治療が昨年、FDA(米食品医薬品局)に認可された。痛みに悩む人には希望を持ってほしい。(狩生聖子)
引用:週刊朝日
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