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「親の介護」は本当に子どもの義務か? 母の介護で疲弊した52歳の長男が「勘違い」してたこと

May 26, 2022

ある日突然、74歳の母親が倒れ、介護生活に突入してしまった52歳長男の正広さん(仮名=以下同)。認知症と診断された母の介護は日に日に重くなり、ついには離職も考えることになったのは前編記事〈74歳母の急な「介護生活」突入、さらには認知症に…52歳長男を苦しめる「予想外の変化」〉でお伝えした。

しかし、その決断は正解なのか。介護事業を運営する株式会社アテンド代表取締役で、著書『身近な人の介護で「損したくない!」と思ったら読む本』、『介護認定審査会委員が教える「困らない介護の教科書」』などがある河北美紀氏が、エピソードをもとに解説する。

「介護離職」はするべきではない

正広さんは母親の介護と仕事を両立するため、日中はデイサービスの利用、仕事の繁忙時はショートステイ(泊り)などを利用してなんとか生活を続けていました。  しかし夜間は一人で母の介護、休日は同じ内容が繰り返される母の会話に付き合い、加えて時間を選ばずに突然起きる外出の訴えにうんざりする日々。また着替えを嫌がったり、通院を拒否する母の腕をつかんで連れて行こうとして大騒ぎされる度にイライラし、どんどん疲弊していきました。

通院だけは弟さんが都合をつけて連れて行ってくれることもありましたが、デイサービスで体調を崩し、今から自宅に帰らせたいという連絡などは正広さんにかかってくることから、度々会社を早退することも。  この頃から、仕事と介護の両立に限界を感じるように。老人ホームへの入所も検討しましたが、母の年金だけではとても払えるような金額ではなく、このまま在宅介護を続けるしかないと諦めていました。  一方、早くこの生活から解放されたいという気持ちから、仕事を辞めて介護に専念することを考え始めた正広さんは、早期退職を決意。少しでも自分の体が楽になればと長年勤めた会社を辞めてしまったのです。  介護を抱え込むと誰しも「離職」が頭をよぎりますが、この離職こそが正広さんにとって大きな誤算でした。  さて、厚生労働省は昨年、介護の必要なく日常生活が送れる期間を示す日本人の「健康寿命」は、男性は72.68歳、女性は75.38歳だったと発表しました。一方、生まれてから亡くなるまでの平均寿命は、男性が81.41歳、女性が87.45歳でした。  3年前の調査と比べて男性では0.54歳、女性では0.59歳、健康寿命が伸びた結果だったとはいえ、健康寿命と平均寿命には、男性8.73年、女性12.07歳という大きなひらきがあります。  日本では、寝たきりの期間が欧米諸国と比べてとても長いことから、厚生労働省も様々な施策を行い高齢者の自立を支援、高齢者の要介護度を維持あるいは改善させた介護施設にはインセンティブ(手当)を出すという仕組みも導入されていますが、まだまだ課題が山積み。  親や配偶者に「健康とはいえない期間」がやってきたとき、何かしらのサポートが必要になると認識しておく必要があります。

経済的にも精神的にも追いつめられ……

さて、母の介護をするために仕事を辞めた正広さんでしたが、その後の介護は楽になったのでしょうか? 厚生労働省が行った、介護離職した1000人を対象にアンケート調査した結果があります。  それによると、約8割の方が「介護離職したことを後悔している」と答えました。離職したことによりかえって「介護にかかる精神的・肉体的・経済的な負担が増したこと」が理由にあげられました。  自宅にいても、親の見守りの時間や話の相手をする時間が増えるだけで、介護の時間が減ることはなく自分の時間を持つこともなかなかできないのです。それであれば、身体は大変でも会社勤めを続けて親と離れる時間を持っていた方が、精神的には良かったのではないでしょうか。  このアンケートでは、特に「経済的負担が増した」と答える方が多く、親が生きているうちは親の持ち家と年金で一緒に生活することができても、親が死んだ後に収入を失い、結局困るのは子ども自身なのです。  一方、正広さんは明子さんが年金受給していることから、「生活するだけなら自分の預金を使わなくとも困らないだろう」と思っていました。しかし、元気だった頃にはかからなかった母の医療費やタクシー代に加え介護利用料がかかる他、料理ができなくなった母に代わり食事を毎食用意するのは面倒で苦痛。手間を省くため総菜や弁当を2人分買っていると思っていた以上に食費がかかりました。  そして自炊をサボった罪悪感から「これくらいは自分で出すか」と自分のお金で払ったり、毎月自分の小遣いなどに預金を充てていくと毎月5~6万円程度のペースで自分の預金が減っていきました。  預金は800万円ほどあったものの、次第に目減りしていく通帳残高を見るたびに不安に。毎月5~6万円のペースで使っていくと、あと10年で預金はなくなってしまいます。そのとき正広さんはまだ62歳。年金の受給を始めたとしても、その頃には明子さんも亡くなっているかもしれません。その場合、自分一人の年金だけで暮らしていかなくてはならず、そう思うと大きな不安に襲われました。  金銭的不安に耐えきれなくなった正広さんは、「母を老人ホームに入れてでも再就職したい!」と希望しましたが、52歳という年齢で正社員雇用してくれる会社がなかなか見つからず、結局日雇いのアルバイトを転々とすることになりました。  退職当初は連絡を取り合うこともあった前職の仲間も次第に疎遠になり、家には認知症の母と二人きり。正広さんはどんどん孤独を感じるように。  「自分の選択は、本当にこれで良かったのだろうか?」と後悔に苛まれる日々を送っているといいます。

親の介護は子どもの義務なのか?

日本の民法では、親子の「義務」についてこんなことが書かれています。民法877条、「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養する義務がある」。おそらく皆さんも、「年をとった親を子どもが扶養するのは当然」と思っていると思います。  法的に見ても親を扶養するのは子どもの義務です。しかし、実は「身体介護」は強制ではありません。法律では、「生活を支え合う義務」とされており、身体的な介護の定めはありません。つまり、経済的なサポートを行うことで子どもとしての義務を果たしていると言えます。  経済的な支援が義務であるにもかかわらずそれを怠った場合、「介護放棄」とみなされ、刑事罰の対象になる場合があります。具体的には、生存に必要な保護をしなかったために親(要介護者)が死亡、あるいは傷害を負わせるなどがそれにあたります。  正広さんは「身体介護」に自分のエネルギーを使い果たして離職してしまいましたが、年金収入しかない母に対する「子どもの義務」という視点でいうと、仕事を辞めるべきではありませんでした。むしろ、金銭的サポートができない状態では母を助けることもできず、親子そろって生活に困窮する可能性が高いのです。  将来の自分のことを考えるうえでも、金銭的基盤を崩すことは絶対にNGだったのです。50代と言えば、一般的には生涯で一番年収が高い時期であり、これから老後の資産形成をしていく大切な期間でもあります。正広さんはこの大事な時期を失ってしまったのです。  平成30年度のアンケート調査によると、介護にかかる費用の月額平均は7.8万円でした。これは在宅介護と施設介護の両方を合わせたアンケートのため、在宅介護の方が介護費用が安くなる傾向にあるものの、一つの世帯から捻出するにはなかなかの高額といえます。  また、介護生活を始める際にかかる一時的な介護費用(リフォームを含む住宅改修や介護ベッドの購入など)は平均69万円という結果が出ています。月額の具体的な介護費用の項目は、下記の通りとなっています。  ・介護サービス利用料  ・施設入所の場合は居住費、食費  ・おむつなどの衛生用品  ・医療費  ・健康保険、介護保険料  ・その他住民税など  (参考:公益財団法人生命保険文化センター「平成30年度 生命保険に関する全国実態調査」)

家族には平等に扶養義務がある

調査の結果(複数回答)、介護費用の多くは親(本人)や、その配偶者のお財布から出ていると回答。著者も例外にもれず、父親の介護費用は父自身の公的年金と預金からまかなっていました。次いで多いのが、子の就労収入またはその配偶者からという回答です。  このことからも、親の年金で介護費用が払えなくなったら、あとは子供の就労収入に頼らざるを得ないでしょう。国も親が介護状態になっても仕事を続けてほしいと、介護休暇だけでなく様々な支援制度を設けています。 ———- ●参考 ・第1位 本人(もしくはその配偶者)の公的年金 83.5% ・第2位 子ども(もしくはその配偶者)の就労収入 36.3% ・第3位 本人(もしくはその配偶者)の預貯金等 25.4% ・第4位 親族の資金 10.9% (第一生命保険会社「親の介護に関するアンケート調査」) ———-  ちなみに、回答の10位以内に「要介護者が加入している民間の介護保険」という回答が上がってきたことから、「介護費用に備える意識の高まり」を感じます。  一方、親の介護に対して無関心な人がいるということも事実で、兄弟が大勢いるにもかかわらず、特定の介護者だけが親の身体的介護の他、金銭的援助(通いの交通費を含む)までしているケースを見かけることがあります。  きっと他人には知りえない親子間の確執もあるのでしょうが、ここでぜひ覚えておいていだだきたいのは、兄弟姉妹全員、平等に扶養(親が生きるために必要な経済的なサポートをする)義務があるということです。  介護離職をしてしまった長男正広さんのケースでは、母と同居する正広さんだけが介護の犠牲になってしまいましたが、弟たちは母明子さんの介護サービスを増やせるようお金の工面をしたり、正広さんが仕事を継続できるよう支援する必要があったと思われます。  正広さんの介護の負担が減り、仕事に集中できる環境が整えば、介護者である正広さんも肉体的・精神的に余裕ができ、そうすることで当然介護を受ける母明子さんも長期的に安定した良い介護を受けることができたと考えられるからです。  しかし、自分の生活に余裕がない、働くことができないなど、自身や家族との生活に余裕がない場合はこの限りではありません。それぞれが抱える事情を考えて、金銭的援助の負担割合を話し合うことが大切です。それでも兄弟間でトラブルになる可能性があるならば、弁護士などの第三者を入れることをおすすめします。

筋力アップで健康寿命を伸ばす

高齢者になると、筋力の衰えから足が不自由になり、階段の段差や玄関の段差等はもちろん、「畳のヘリ」でもつま先が引っかかり転倒することがあります。親が介護状態になる前にできる準備として、まずは家の中を片付け段差をなくし、日中一人で過ごすときも安心していられる環境づくりを心がけましょう。  自宅で介護をする予定なら、介護ベッドを置くスペースや車いすの動線などが必要ですし、要介護以上と認定されれば住宅改修(住宅リフォーム)を介護保険適用で利用できます。事前に介護状態になったときの間取りをイメージをしてみると良いでしょう。  今や家には高齢者しかいない、単身・核家族の時代です。一人でいるときにケガをしないこと、家の中の危険を減らすことに注力し、子どもがいない、あるいは連絡がつかない日中も安心して自宅で過ごせるよう今から備えましょう。  年齢を重ねると、前傾姿勢になりやすく身体にも負担がかかります。また、転倒を恐れて小幅歩きになっていくと、ますます足を上げなくなり転びやすくなるという悪循環に陥ります。そのため、体操やリハビリの知識があるプロの力を借りて、人がいる安全な環境で筋力強化をはかるのも良いことです。  要介護認定を受けている人は、リハビリ型デイサービスなどの施設へ、まだ認定を受けていない人はお住いの地域包括支援センターなどが主催する体操教室などを利用することができます。家でも簡単に行うことができるメニューを組んでもらうこともできます。  人生100年時代、いかに健康寿命を伸ばすか、仕事を辞めずに継続するかが長寿国に住む私たちの課題です。

河北 美紀((株)アテンド代表取締役)

引用:現代ビジネス

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