春の日差しがやさしい今日。連休の商店街は人のにぎわいが戻り、散歩や買い物の人であふれている。一方、私のカフェの店内は穏やかな空気で、ピアノによるインストゥルメンタルのBGMが流れている。
カウンター席には、10年来、交流のある柴田萌さんがお越しになって、私のいれたアイスコーヒーを飲みつつ、音楽に合わせて軽く口ずさんでいる。昭和世代ならだれもがわかる、私の父も好きだった楽曲だ。
「以前、訪問したことのある施設に、この曲を好きな方がいて、すてきだなぁって思ったんです」
彼女は、「ミュージックファシリテーター」を仕事にしている。自ら高齢者施設などを訪問するほか、30人余りのミュージックファシリテーターに各所を訪問してもらう事業などを行う会社の代表取締役だ。最近では、経営者としての時間が長くなってきたらしい。
ミュージックファシリテーター。聞いたことのない職種だ。
彼女の説明によると、高齢者施設などを訪問し、一緒に歌ったり思い出話をしたりすることなどを通して、その場の雰囲気を明るくし、そこにいるみんなが楽しく、自分らしさや、できる力を見いだしていくような「場づくり」を行っている。
彼女は音楽大学を卒業してすぐの2008年4月、知人と会社を設立した。会社名の「リリムジカ」は、イタリア語のリリカメンテ(叙情的に)とムジカ(音楽)を組み合わせた造語だ。
2020年には、東京や関東地方、大阪、兵庫の150か所以上の介護事業所で定期的に音楽プログラムを実施するなど、これまでの実施回数は1万回を超え、延べ参加者は15万人に上るという。
近年、有料老人ホームなどの高齢者向け施設や介護の現場では、利用者のリハビリテーションや生活の質の向上などを目的に、レクリエーションやイベントが数多く行われている。中でも音楽の占める役割は大きい。高齢者は音楽を通して昔の記憶を思い出し、笑顔が増える。
プログラムは原則1回45分。それぞれの施設には基本的に同じミュージックファシリテーターが1人で出向く。8曲ほど一緒に歌うことが多い。
歌うばかりではない。楽器を一緒に演奏したり、おしゃべりを通して思い出を語ってもらったり、軽く体を動かしたりする。その時の雰囲気に合わせて、やることを多様に変化させていく。
利用者の皆さんと一緒に歌い、時間を共有し、そして「その人の可能性を広げていく」のだと、彼女は言う。
「じっと歌詞を見つめ、なにかを思い出し、涙を流し始めた方がいたんです」
施設の職員は、その利用者が歌詞の言葉を認識し、感情をあらわにする姿に驚いたらしい。日頃は曜日や日付をあまり認識できないのに、プログラムのある曜日は楽しみだと口にしたり、その日だけは自ら着替えたりする利用者もいるらしい。
ファシリテーターには、対話を促進する人といった意味がある。ミュージックファシリテーターやミュージックファシリテーションという呼び方は、彼女たちが考えたものだという。
一般的には、音楽療法という言葉がよく知られている。彼女自身も音大では音楽療法を専攻し、学会が認定する音楽療法士の資格も持っている。
しかし、リリムジカの仕事を続けるうちに、自分たちの活動は従来の音楽療法という言葉ではぴったりこない感じを抱くようになり、独自の呼び名を考えたそうだ。
彼女は言う。
「一人ひとりにスポットを当てて、体や心、生活の質の維持・向上のために行動が変わることを目指す『療法』のイメージとは違って、行動を変えようとするのではなく、その方のすてきなところが自然と出てくるような『場をつくる』ことを大切にしています」
音楽は、道具に過ぎない。
「できないところをできるようにするという働きかけではなく、今できることや大切にしていることに光を当てていきたいんです」
例えば、施設の職員や家族の方は、高齢者の方のサポートが必要な部分に意識が向く場面が多い。しかし、できる部分やその人らしい部分が出ている瞬間に一緒に立ち会い、ミュージックファシリテーターと職員や家族の方でそのうれしさを共有することで、共にポジティブな気持ちになれる。
このような場づくりを続けていると、高齢者の方自身に自然と変化が表れることも多々ある。
難しく考える必要はない。「音楽は楽しいよね、週1回のこの時間は大切にしたいね」という感覚が大切だという。結果として、その方を取り巻く環境が変わっていくのを目指している。
彼女は、とても明るくハキハキと話をする。カフェの雰囲気も明るくなる。
高齢者施設でも、きっとこんな雰囲気が自然と生まれるのだろう。コロナ禍でなかなか難しい日々が続いているが、実際に活動している現場に行ってみたいと感じた。(鈴木信行 患医ねっと代表)
引用:yomi.Dr
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