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サイバーで学んだ「傾聴」 発達障害児の可能性伸ばす

May 5, 2022

発達障害や不登校の子どもが、自分の好きな分野に詳しい学生や専門家などと1対1でつながり、可能性を伸ばしていく「Branch」というサービスがある。運営元のWoody(東京・渋谷)はサイバーエージェント出身の起業家、中里祐次氏(39)が立ち上げた会社だ。2013年に起業し、電子書籍関連のビジネスやアプリ開発を手がけたものの、鳴かず飛ばずで別の道を模索していた頃、長男が発達障害と診断された。同氏はそれをネガティブにとらえず、発達障害の子が「好きなこと」をとことん突き詰め、それを起点に社会につながれるよう支援するサービスを思いつく。障害をフラットに見つめる視点は、どこから生まれたのか。

仕事をしていなかった父

中里氏は東京・目黒で生まれ育った。

「目黒出身だというと、時々、実家がお金持ちなのかと誤解されるのですが、お金持ちどころか、父は僕が子供の頃、15年くらい仕事をしておらず、不動産屋をしていた祖父と母のパート収入でやっと生活していました。大抵おやつはニンジンで、明らかに貧乏だったのですが、僕は鈍感だったのか、友だちの家と比べてどうこう思うようなことはありませんでした。高校受験で『うちは私立には行かせられない』と言われて初めて、あ、この家にはお金がないんだと気づいたくらいでした」

父はかつて会社員として働いていたものの、「強迫性障害」を理由に辞めていた。中里氏は「今振り返ると、父には多分に発達障害の自閉スペクトラム症(ASD)的な特性もあったように思う」と話す。

発達障害とは生まれつき脳の機能の発達がアンバランスなために、社会生活に困難を抱える障害。文部科学省が2012年に小中学生の15人に1人が該当する可能性があるというデータを発表して以来、社会的な関心が高まった。

行動や認知の特徴によって「自閉スペクトラム症(ASD)」「注意欠如・多動症(ADHD)」「学習障害(LD)」の3つに分類される。その中で、他人の意図を言葉や表情などから読み取るのが苦手、という特性を持つのがASDだ。他人からどう思われるかを一切気にせず、ある行動を繰り返したり、人と関わること自体に無関心だったりするため、他者との関係構築に困難を抱える。

「父はいつもニコニコしていておとなしく、自分からしゃべる姿はほとんど見たことがありませんでした。その分、母が父の倍以上話す人でした。僕がわりと社交的で、学校や会社の先輩たちからかわいがってもらえたのは、母の影響かもしれません」

Woody社長の中里祐次氏 背景の壁には子供たちの絵が貼られている

発達障害のことに詳しくなった今では、父に対するわだかまりは消えたが、子どもの頃は働かない父が嫌いで、「あんなふうにはなりたくない」と勉強に力を入れた。そのため中学時代の成績は学年でもトップクラスだったが、東京都立青山高校に入ると、遊びや好きな本・漫画に使うお金が欲しくてアルバイトに精を出し、成績は急降下した。

できる子・できない子、両極端の世界を経験

「成績のトップ層と最底辺層という両極端の世界を見た、というのは今にして思えばいい経験だった」と中里氏。ずっと同質的なグループに属していると、自分に見えている範囲が「常識」となり異質な人を受け入れにくくなるが、多感な時期に勉強のできる子、できない子双方のグループに属したことで、人にはさまざまな事情や価値観があり、「どんな子もユニークだ」とポジティブに捉えられる素地ができたのかもしれない。

だから長男が小1で「発達障害」と診断された時も、特に「なんとも思わなかった」という。ただ、周囲から変な子扱いされ、学校に行くのを嫌がり始めているのは気になった。不登校になって人との関わりが薄くなってしまうと、生きていくために必要な自己肯定感を高める機会を逸してしまうのでは、と心配した。

そんな時に、あるブログ記事に出合った。書き手は岡山県に住む女性で、「自分の1日を50円で売る」という活動をしていた現役東大生に、小2の息子と数学について語り合ってほしいと依頼した経緯が書かれていた。女性の息子には広汎性発達障害(自閉症やアスペルガー症候群などを含む発達障害の総称で、13年から使われている国際的な診断基準ではASDに統合されている)があるが、3歳で四則演算、4歳で素因数分解や平方根をマスターするなど数学に関しては突出した能力を見せていた。だが、幼稚園や小学校の友だちからは当然、興味を示してもらえない。親も話し相手になるべく努力してきたが、そろそろ限界なので相手をしてほしい――。そんな依頼をしたところ、実際に東大生が来てくれた。自分の数学への疑問にその場で答えてくれる、打てば響く相手と直接話ができ、息子にとって貴重な体験となったというエピソードだった。

「それを読んで、僕の息子も好きなことには並外れた集中力を見せたり、大人のような言葉遣いをしたりしていて、確かに変かもしれないけど、ものすごい可能性を秘めているんじゃないかと思えてきたんです。そこで、息子が小さい頃レゴが好きで、東大レゴ部に入りたいと言っていたことを思い出し、東大の文化祭に息子を連れて行きました」

「何よりうれしいのは、ユーザーの親子から直接聞く声」と話す

東大レゴ部の部員と語り合う息子を見て起業決意

水を得た魚のように楽しそうに東大レゴ部の部員と語り合う息子を見て、決心した。「この子の好きなことを伸ばしてあげよう」。その後、自身の事業として同じような子どもたちを支援する道はないかと考え始め、発達障害を抱える子どもの親100人近くに聞き取り調査をしてみた。多くの親は、我が子が社会に溶け込めるようにと願い、ソーシャルスキルのトレーニングなどには熱心だが、好きなことを伸ばすことに関してはその環境をどう作ればいいのかがわからず、悩んでいることがわかった。

そこで、ブログ記事と東大レゴ部訪問をヒントに、「発達障害の子どもが得意なことを、もっと得意な大人を探してマッチングするサービス」を思い立つ。16年10月、古巣のサイバーエージェントが立ち上げたクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で開発・運営資金を募ると、23時間で150万円が集まった。17年1月にはサービスをローンチし、同年6月にはベンチャーキャピタルのANRIやエンジェル投資家の佐藤裕介氏(当時フリークアウト・ホールディングス共同代表、現在hey社長)、作家の乙武洋匡氏らを引受先とする第三者割当増資を実施した。

現在、子どもたちに1対1で向き合う「メンター」は約60人。中里氏自ら、子どもたちの興味を聞き取り、そのテーマに詳しそうな専門家をツイッターで探して声をかけたり、大学の研究室まで会いに行ったりして探し出した。メンターには、大学院で情報工学を研究し、論理パズルや数学、ロボット、化学、生物などに精通している人、歌やウクレレ、生物観察を得意とする作業療法士などがそろっている。中里氏自身、本、漫画、アニメオタクであり、子どもたちの間ではやってるゲームなども「ほぼ全てわかります」と胸を張る。

学校や療育施設で複数の生徒を相手にしなければならない場合、指導者が1人の子だけに手をかけることは難しい。だがBranchの仕組みであれば、最初から1対1が前提なので、とことん付き合うことができる。しかもメンターはその分野のプロなので、子どもに無理して話を合わせるのではなく一緒に楽しむことができる。「活動を続けるうちに、保護者にせよ、メンターにせよ、子どもの見え方が変わってくる」と中里氏は言う。

コーチングと傾聴、サイバー時代に学ぶ

自身が子どもたちと向き合う際、サイバーエージェント時代の経験も期せずして役立った。

「子会社の役員をやっていた時に、事業を大きく転換することになり、社員からものすごく反発されたことがあったんです。特に女性8人から呼び出されて、僕の嫌なところ、ダメなところを2時間くらい責め立てられたのがこたえました。その時、サイバー本社の役員に勧められて、コーチングを勉強し、傾聴のスキルを身につけたんです。社員の雑談に耳を澄まして、一人ひとり何が好きなのかを把握し、Aさんがある映画に興味があると知れば週末に僕も見に行って、さりげなく『僕も見ましたよ』と言って感想を語り合うようなこともしていました。今、Branchが大切にしている、子どもたちの話を絶対に否定せず、終わりまで聞くとか、その子の好きなものにとことん付き合うといったことの基本は、サイバー時代に学んでいたんです」

Branchのスタートから6年。「ニッチなサービスなので、爆発的にユーザーが増えることはない」というが、ユーザー数はじわじわと増え、事業もようやく軌道に乗ってきた。ユーザーアンケートでは、自傷行為を「全くしない」という回答がサービス利用前後で5割から8割に増えたり、「何かに挑戦したい」という発言が2割以上増えたりといった結果も出ている。何よりうれしいのは、ユーザーの親子から直接聞く声だ。

「ここに来る前は『死にたい』と毎日言っていたのに、その言葉を聞かなくなったとか、外に出かけられるようになったとか。他にも、ずっと否定され続けてきたので、自分が『すごい』と思われないと誰にも認めてもらえないと思い込み、自分のことを盛って話してしまうお子さんがいたのですが、Branchに来て2年くらいたった時、彼は『僕、最近、もうウソをつかなくなったでしょ』と言ったんです。ありのままの自分でも大丈夫だとわかったんでしょう。そういう変化を間近で見られることが、本当にうれしい」

オンラインコミュニティーも明るい雰囲気

コロナ禍で対面のやりとりが難しくなり、急きょ始めたオンラインコミュニティーも、今ではサービスの核になった。とりわけ保護者向けのコミュニティーで、孤立した家庭同士がつながれたことは大きかった。フリースクールの保護者会などでは悩みを話しているうちに、泣き出してしまう人も多いが、Branchは「好きで自信を創り、好きで社会とつながる」というビジョンそのものがポジティブなためか、「コミュニティー自体の雰囲気がすごく明るい」と喜ばれているという。

発達障害の子どもたちは、その特性がいまの社会にマッチせず、生きづらさを感じることも少なくない。だが、中里氏に言わせれば「彼らこそ、AI(人工知能)の進展で従来の職がなくなっていく中で、突出したクリエーティビティーを発揮するようになるはず」。

Branchは現在、小・中学生が対象だが、中里氏は、ゆくゆくは専門学校も作るなどして、子どもたちが就活するまで長く併走できるサービスにしていく計画だ。

(ライター 石臥薫子)

引用:NIKKEI STYLE

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