「北京パラリンピックでの彼女を見て、『勝負強いな』と感じています」
<北京パラリンピックで金3個、銀1個の快挙を成し遂げたアルペンスキーの村岡桃佳。彼女をこう評価するのは、2003年から16年まで早大スキー部の監督を務め、ノルディック複合メダリストの渡部暁斗らを育て上げた倉田秀道氏だ。現在はあいおい同和損害保険株式会社でスポーツ振興を統括する倉田氏が、村岡の「強さの原点」を回想した。>
桃佳は夏の東京パラリンピックに陸上で出場していたので、今大会はスキーの準備期間が短かったはずなんです。通常は夏も海外で雪上トレーニングをして、一度帰国して陸トレ期間を経て、10月後半からまた海外へ行くというスケジュールです。それができなかったぶん、当初は不安だったのではないでしょうか。
しかし、W杯を転戦して優勝したり表彰台に立ったりと、ある程度戦えていたので自信がついたのでしょう。テレビで彼女がスタート台に立っている姿を見て、すごく落ち着いているように感じました。
もともとは人見知りで優しい性格の選手なんです。初めて会ったのは、彼女が高校2年生の頃、ソチパラリンピックが終わった後です。早大の所沢キャンパスのスキー部寮に、お母さんと来てもらって会いました。
「早稲田に入りたい」ということでしたが、僕自身、パラの選手を指導したことがないし、指導できるスタッフもいないので「スキー部に入ることは不透明」と当初はやんわり距離をおきました。
その後、15年4月のGWに野沢温泉で合宿をしていたとき、ゴンドラ乗り場で彼女にバッタリ会いました。パラの合宿で偶然彼女も来ていたんですね。それから、なぜ早稲田に来たいのか、スキーに対してどう向き合っているのかなどなど、質問を重ねました。
そのときの彼女の言葉を聞いて、早稲田大学スキー部を志望する他の高校生たちと言っていることや熱量は変わらないなあと感じたんです。
それで、もう一度寮に来てもらって彼女の気持ちを再確認しました。
スキー部への入部は私のジャッジだけでも可能なのですが、練習し寝食を共にするのは部員たちです。だから一人でも反対するようなら入部は断念すべきと思っていました。部員を集めて確認したところ、誰も何も言わないんですね。それで、後日改めてキャプテンに全員の意見を取りまとめてもらったら「誰も反対はなかった」と言うんです。
パラスキーでは、レジェンドと言われる大日方(邦子)さんや、今でいえば森井(大輝)君、新田(佳浩)君も知っています。「どこかで違うものだ」と無意識に思っていた部分は正直ありました。でも、部員に聞いてみるとアルペン選手がよく練習をする菅平のスキー場で同じポールセットで、「村岡と練習をしたことがある」という部員が何人かいたんです。
パラの選手と一緒に練習することを想定していなかったこともあって、僕はてっきりどこかでルールも違うものだと思っていたので、「同じルールだから一緒に滑れるんですよ」と逆に学生に教えられました。加えて、「まじめに練習していて、しっかりしている選手です」とも。
──村岡は、16年4月にスポーツ科学部の「トップアスリート入試」を経て早大に入学。ところが、パラアスリートの受け入れがまだ整っていなかった埼玉・所沢のキャンパスでは、急坂やバリアフリーの問題が残されていた。
桃佳の合格が決まったあと、僕はスキー部寮のバリアフリーを考えました。入学したその瞬間から他の選手たちと分け隔てなく、同じように活動し、生活をすることが大切だと思ったからです。お母さんと一緒に何度も来てもらって、桃佳が寮で生活するうえで改善すべき場所を挙げてもらったら50ヵ所ぐらいありました。
バリアフリー化に必要な資金は、安く見積もってもらっても600万円。資金を調達するに当たってOB会に相談したら、強めに断られました。「お前の仕事は部を大学日本一にすることなのに、障がい者を入れるとは何事だ」という意見もありました。
日本パラリンピック委員会の委員長である河合純一さんも、現役のころは早稲田の水泳部に入部できず、パラリンピックで活躍をして後々にOBとして認めてもらったという話を聞きました。当時は伝統のある部ほど、そういう傾向があって、説得するまでにかなり時間をかけました。
そんなこともあったので、桃佳には「僕たちは当然サポートするけど、大学に入ったらつらいことや軋轢があるかもしれない、それでも頑張って自分で切り開けるか」と聞きました。
すると、「私は早稲田に行きたいと思ったときから、自分で切り開いていこうと思っています」って言っていましたね。入学までの道のりでいろいろとあったこと、それを切り開いてきたという自負が、今の自信につながっているのだと思いますね。
入学後、彼女に他の選手の練習を見学させたら「早稲田のスキー部ってこんなに練習するんですね。びっくりしました」と言っていました。それまで本格的な練習をしていなかったようなので、桃佳のための練習体系をつくることが大事だと考え、最初は基本的な身体づくりからスタートさせました。
大きな筋肉をつける、体幹を鍛える、関節の可動域を拡げるなどなど、基礎的な部分に取り組んだのですが、下半身がまひしているので、どこで体幹を支えているかが全然わからないんです。
身体のどこを使ってターンをしているのかを聞いても「よくわかりません」と言う。感覚だけで滑っていたんですね。それで日本障害者スキー連盟から理学療法士に来てもらって聞いたり、桃佳が滑っているビデオを研究したり試行錯誤して体幹トレーニングのメニューを作り、フィジカルコーチをつけてトレーニングをさせました。
そうして1年過ぎたら、W杯で総合3位になったんです。彼女も「スキー部で刺激を受けながら今までやれなかったトレーニングを1年やってきていい結果が出た」と言っていました。それで僕もコーチも強化の方向性に誤りがなかったことでホッとしました。
――村岡は中学時代、陸上でもパラ競技に出場経験があり、大学に入ってからも夏冬の「二刀流」に挑戦したいという意志をスキー部に示した。倉田氏は、当初村岡の意向に反対だったという。
大学1年生の夏前に、彼女が僕のところへやってきて「パラ陸上もやりたいです」と言ってきました。僕は、パラ陸上の練習で使うハンドサイクルなどの器具でスキーに繋がる練習をするのはいい、でも選手として試合には出るのはダメだ、と言いました。二兎を追うな、スキーに集中しろと。それでもチャレンジしたければ、社会人になってからやれと伝えたんですよ。
早稲田大学スキー部には、五輪金メダリストの荻原健司君(現長野市長)、私が監督の時にも永井秀昭君、渡部暁斗君、渡部善斗君、宮沢大志君、向川桜子さん(北京オリンピック日本代表)などの選手たちがいた。皆、スキーだけを必死にやってきた、それでも芽が出ない先輩もいる。パラだから二刀流、というのは今はダメだ、と。彼女は少し残念そうな顔をしていましたが、素直に言うことをきいてくれました。
就職の際、村岡にはさまざまな企業からオファーがあったようです。そのときに「彼女はパラ陸上にチャレンジすることも視野に入れている、その場合には支援をしてくれるか」ということも含めて折衝をした結果、僕が紹介したトヨタが受け入れてくれた。こうした経緯でパラ陸上にも本格的にチャレンジすることになりました。
色々とサポートはしましたが、ここまで道を切り開いてきたのは本人です。入学前に言っていた、「自分で切り開いていこうと思います」という言葉がすべてかなと思います。パラ陸上だってスキーと練習方法は違うはずですし、中途半端な気持ちでは決勝までは行けない(東京パラでは100mで6位入賞)と思うんですよね。
彼女は競技に対して、生き方に対して高い意識をもっているんですよ。また、昔言っていたことと今言っていることと、言葉の言い回しは違うけど、ほとんどブレていないんです。強い芯もあるんでしょうね。スキー競技はいろいろな意味で恐怖心との戦いでもありますが、何ごとも「怖い」という意識があったら一歩引いてしまいます。引いたら前に行けなくなりますから、競技に対して「どこまで自分はやれるのか」という葛藤は今でも彼女につきまとっているはずです。
でも、それを乗り越えてきたという自信も持っている。切り開いてきた桃佳だからこそできるセルフコントロール、それが村岡桃佳の強さの源泉だと思います。
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