障害者の操作上の困難を機器の工夫で支援することを「アシスティブ・テクノロジー(assistive technology)」(以降AT)と呼ぶ。
東京都稲城市にあるテクノツールは、機械設計エンジニアだった島田努が重度障害のある娘を亡くしたことを機に1994年に設立。入力インターフェースの操作が困難な障害者のための支援デバイスや点字の読み書きを支援する編集システム、腕の動きを補助するアームサポート機器などを開発・販売してきた。 大学卒業後、電子部品メーカーの営業職として働いていた息子の島田真太郎は2012年にテクノツールに入社。前職を生かし、アームサポート機器の営業や販路開拓に従事した後、21年に代表取締役に就任した。 真太郎はATが広げた重度肢体不自由者の可能性を、その先の社会参加や就労に結び付けられないかと考えた。 ATはテクノロジー面が強調されがちだが、実際は病や障害の種類、その進行度、本人の生活歴や環境などさまざまな要素を考慮する必要があり、サービス面がより重要になる。
「弊社のターゲットは主に重度肢体不自由者。市場は非常に小さく、ニーズもさまざまなので、そもそも同業他社との競争よりも当事者一人一人の生活や未来にフォーカスしてきた」と広報部の干場慎也は説明する。 作業療法士、理学療法士ら専門家とも密に連携を取りつつ、製品を当事者に「適合」させていく過程にチームの力や熱意が最も発揮されるが、その価値は福祉制度の枠組みの中では十分な評価を受けにくく、内向きになりがちな世界だという。
ATのサービス面の価値を広く知ってもらい、当事者の機会創出につなげるためにも、福祉の外の世界との接点を重視した真太郎は、ゲームメーカーなど異業種とのコラボに積極的に乗り出した。 社会にインパクトを与える起爆剤となったのが20年、ゲーム周辺機器メーカーのホリが開発し、テクノツールが監修したニンテンドースイッチの「フレックスコントローラー」だ。 手前にはジャックが16もあり、手の可動域が狭くても押せる大きなボタンや、軽い力で動くジョイスティックなど外部補助器をあれこれ接続し、個々が使いやすいコントローラーを自作する設計になっている。 このコントローラーは、ニンテンドースイッチ公式のお墨付きを得て、国内外でヒットした。 アクセシビリティーを得て天才的なゲームセンスを開花させた当事者もいる。 筋力が衰退するデュシェンヌ型筋ジストロフィーの梶山紘平は寝たきりだが、視線入力や頰を膨らませるわずかな力でコントローラーを巧みに操作し、愛好者が高難度で「死にゲー」と呼ぶフロム・ソフトウェアの『エルデンリング(ELDEN RING)』を全クリアしたという。 「適切なデバイスを手に入れたことで絶対このゲームをクリアしてやる、みたいな能動性が生まれた」と干場は話す。 一般企業での就労を目指す梶山は、ゲームで培った操作がモビリティーにも転用できるのでは、と考えた。 そこから障害者・高齢者向けのバーチャルツアーを企画するシアンの協力を得て、22年に発足したのがドローン・アクセシビリティ・プロジェクト(Drone Accessibility Project)だ。梶山は同年5月の公開テストフライトで見事に200グラムを超えるドローンを飛ばし、その可能性を社会に示した。 産業分野での実用化にはまだハードルがあるが、夢は膨らむ。今後、働き手不足により物流DXやインフラ点検の無人化が進めば、ドローンパイロットの需要は高まり、就労チャンスが生まれる可能性は十分ある。
こうした当事者の能動性を自然な流れで社会に接続させようと、テクノツールは23年、障害者の就労支援などを行うリタリコとの共同出資で、勤務を柔軟に調整できる就労継続支援B型事業所「テクノベース」を横浜に設立した。 重度肢体不自由者は通所が難しいために利用できる就労支援所はほとんどなかったが、コロナ禍でテレワークが浸透したことが追い風となった。同事業所では、利用者は自宅などを拠点に基本リモートでスキルを学び、テレワークで働くことを想定している。 CADでの図面作成、ウェブのアクセシビリティーチェック、データ入力、記事作成などから希望の内容を選ぶと、実習内容や体の状態に応じて職員が適切なパソコン環境の構築を支援する。 真太郎はテクノベースを重度肢体不自由者の選択肢を広げる「テストフィールドにしたい」と話す。 IT企業との協業が最もイメージしやすいが、人手不足が深刻な業界と遠隔操作を協働したり、多様性のある組織を共に考えたりなど、外から新たな可能性を見つけてもらい、プロジェクトが生まれることも期待している。 ここを「ハブ」として社会とつながるようになれば、利用者の適性に応じた就労先が増えていくことにもなる。 テクノツールにも、重度肢体不自由者の社員が何人かいる。取材に応じてくれた広報の干場も脊髄性筋萎縮症(SMA)で体は思うように動かないが、動画制作や文を書くことが得意だ。 経営ビジョンに共感して就職を希望し、3年前に広報に採用された。
「当事者個々人の個性や可能性を応援する社会であってほしい。重度肢体不自由者は社会との接続が薄いまま成長してきていることも多いため、一般的な社会通念がすっぽり抜け落ちていて、理解がぼんやりしている場合がある。自分のテーマは当事者と社会のギャップを埋めていくこと」と干場は語る。 ATの市場は小さいかもしれないが、それまでできなかったことができるようになることは、一人の人生の可能性を無限に開く。自社製品のバリエーションより当事者の選択肢を増やすことを重視する会社が持続可能であるためにも、社会の側にもっと意識変革が必要だ。
岩井光子(ライター)
引用:ニューズウィーク日本版
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