人生100年時代とはよく言ったものだ。筆者も年齢を重ねる中で心や身体への変化を実感し、先の長い現代での働き方について、あらためて考えるようになった。 社会も自分自身も変化していく中で、これからも働き続けることはできるのだろうか。そんな場所はあるのだろうか。 そんな中で偶然知ったのが、ここ数年でじわじわとファンを増やしているアイスクリームブランド「BLANCO ICE CREAM(ブランコアイスクリーム)」だ。同ブランドが目指す先には、障害者や高齢者の働く場づくりがあるのだという。 その未来を、アイスクリームを通してどのようにして描いていこうと考えているのか。BLANCO ICE CREAM代表の吉山龍弥氏に伺った。
■子どもたちの未来をつくるために BLANCO ICE CREAMは、2021年5月、熊本県山都町で地元の30代男女3人が立ち上げたアイスクリームブランドだ。 山都町産のオーガニック食材を中心としてつくられるフレーバーは、定番が3~4種類、季節限定が8~9種類。スペイン語の“白”に由来するブランド名からも連想されるミルクアイスをベースに、さらりと軽く、透明度のある味が印象的だ。製造はすべて山都町内で、家族を含めた4人の手作業で行なっている。 ユニークなのは、誕生の経緯だ。吉山氏は新卒で障害者福祉施設に勤務したことをきっかけに経営学を学び、同ブランドをスタートさせたという。 「当時、発達障害を持つ子どもたちの作業療法士として勤めていました。ある時、親御さんに“この子が学校を卒業した後に働ける場所はあるんでしょうか?”と聞かれて、何も答えることができなかったんです。その時、僕がこれまで学んできたことだけでは、子どもたちの未来をつくれないと悟りました。そこで、子どもたちが働く場所をつくるために、経営を学ぶ決意をしました」 勤めていた施設が赤字経営であったことも理由のひとつだ。経済性と社会性を両立できない経営、その両立をタブーとする社会の風潮に疑問を感じた。そのタイミングで“ソーシャルビジネス”という言葉と出会い、経済性と社会性を両立したビジネスを模索するようになる。 そんなタイミングで、帰省した地元・熊本県山都町で広報誌を見て衝撃を受ける。
「山都町の人口推移が書かれていたのですが、20~30年後には町が確実に無くなってしまうレベルで人口がどんどん減っていたんです。このままでは地元が無くなってしまう。その危機感から、ここでどんなビジネスができるだろうかと考え始めました」 そして辿り着いたのが、アイスクリームだった。 「小さいころ、祖母が手づくりのアイスクリームをつくってくれていて、それが大好きだったんです。山都町は有機農法の農家が多く、ほとんどの方がJA(農業協同組合)に出荷しているんですが、基準に満たない規格外の野菜は廃棄されてしまう。そんな廃棄野菜を余すことなく活用できて、全国に届けられて地域を盛り上げられる、さらに自分もみんなも大好きなもの・・・それがアイスクリームだったんです」
■地道な対話で仲間を増やしていく 現在、ブランコアイスクリームの原材料は山都町で生産されたものが、7~8割を占める。吉山氏が生産者のもとへ一軒一軒足を運び、対話を重ねて仕入れたものだ。高齢かつ小規模農業を行う生産者が多い中、立ち上がったばかりの若手アイスクリームブランドに協力してもらうことは、決して簡単なことではなかった。 「“裏庭に梅が余っていて勿体無いから持っていって”なんて言われて、それを仕入れさせていただくこともあります」 草刈りを手伝ったりしながら、時間をかけてたくさん話をして、信頼関係を構築していく。ときには町の集会に出向いて、そこで新たな出会いや繋がりをつくることもある。 「過疎化や少子高齢化など、どの地方でも同じように抱える課題はあると思いますが、その原因は決して一律ではなく、データを見るだけでは本当のことは分からない。だから僕は、その町の現状や生産者がどんな想いを抱えているのかを実際に見聞きしたいんです。足を運んで対話することで、データに残らない、匂いみたいなものを感じ取るようにしています」 これまでに取引してきた山都町の生産者は約15人。新フレーバーの開発を常に行なっているため、今後さらに地元の取引先を増やしていきたいと語る。同ブランドが、山都町の生産者のプラットフォームのようになる日も近いだろう。
■成長のキーワードは「脱ビジネス思考」 立ち上げからおよそ2年が過ぎた2023年5月、オンラインのみでの販売を経て、山都町に念願の実店舗をオープンした。卸販売に加えてメディア露出やコラボレーションも増え、認知が広がるスピードは想定していた以上だった。成長の鍵はどこにあるのだろうか。 「立ち上げた当初は今まで学んできた経営学をフル活用するぞ!なんて意気込んでいたんですが、実際に運営をしてみると、多くの人を巻き込んで成長していくために必要なのは、脱ビジネス的な思考だということに気づきました。経営学のフォーマットにはめて考えてしまうと、関わる人たちの表情や想いを見落としてしまいます。そこを一旦捨てて、ナチュラルに関わってみたことが今回の成長の鍵になったと感じます」 体に染み込ませてきた経営フォーマットを捨てられたのは、共同代表である兄・郁弥氏の存在も大きい。郁弥氏が働く東京のコーヒーショップ「PADDLERS COFFEE(パドラーズコーヒー)」のカルチャーやコミュニティが、大きなインスピレーションを与えてくれた。 「PADDLERS COFFEEは独自のカルチャーを形成しています。経営学で学ぶファクトとロジックではない、“この製品ってなんかいいよね、あったかいよね”というような感覚的な部分をみんな大切にしていて。その方が人を惹きつけるんです。もちろん根底にはクールヘッド(冷静な頭脳)が必要だと思いますが、実装においては感覚的なアプローチが大切だと学びました」 その考えをもとに、自ら営業活動はしないと決めている。卸販売に関しても、対話を重ね、カルチャーフィットを確認した上で、慎重に判断する。来る依頼数に対して、実際に卸す店舗は3分の1ほどだ。結果、コラボレーションは10件を超え、売上は初年比約10倍、その後は約1.5倍ペースで伸びていくこととなった。
■成長することで課題解決の速度を上げる 昨今は敢えて拡大をしないことを選び、それをブランディングとして利用するブランドも多い。しかし吉山氏は迷いなく、継続的な成長には拡大が必要だと語る。
「ある程度の規模にならないと広がらず、自分たちの本当にやりたいことも実現できません。クオリティとのバランスの難しさや葛藤もありますが、障害者や高齢者の雇用のためにも少しずつでも大きくなっていかなければいけないと思っています」 現在、ブランコアイスクリームでは梱包資材の組み立てなど、一部の作業工程を障害者に委託している。ただ、クラフトアイスの製造工程を担当してもらうには、彼らが無理なく行えるよう工場を構え、製造ラインを整える必要が出てくる。 また、障害者や高齢者に働く場を提供する就労継続支援B型は、一般的に最低賃金を下回ることが多い。そこで、まずは就労継続支援B型へ委託する際の工賃を上げていきたいと語る。そして最終的には、福祉サービスに依存しない自社での直接雇用を目指す。 運営にあたっては、継続と成長というキーワードを大切にしている。 「山都町にサッカーのクラブチームがあって、ある一人の小学校の先生がほぼボランティアで運営されているんですけど、僕が子どもの頃から20年以上続いていて。町の子どもたちは、みんなそこに通うんですよ。町民も運営に協力して、クラブチームが続いていくことが町の希望の光になっているんです。僕らのブランドも、そんな光のひとつになれているんじゃないかと思います。その光を消さずに成長していくことが、この町の未来、そしてさまざまな環境で働く人たちの未来をつくっていくと思っています」 そのためにも、事業はアイスクリームに限らない。この春、耕作放棄地を活用したハーブティープロジェクトのクラウドファンディングも終えたばかりだ。今後は、山都町で育ったハーブやバジルを活用し、ブレンドティーやその他加工食品の販売を進める。また、先月7月に、農薬不使用の薬草から作ったフレグランスブランド「SANVA(サンバ)」を始動。いずれは自社で原材料を生産し、ライフスタイル分野の事業を拡張していく計画だ。 「これからも町の変わりゆく風景と真剣に向き合いながら、一つひとつ課題解決をしていきたいです。今は、そのための種を撒いている段階です」 起業した時は “ソーシャルビジネスをやりたい”などと思っていたが、実際にやってみると、社会課題に向き合うのはビジネスとして当たり前のことだと気がついた。 「特別な意識をしなくても、必然的に社会の課題に向き合う気持ちは湧き上がってきます。 ただ、そのように変化したのは、この町と人に実際に向き合い続けたから。これからビジネスを興そうという方は、目の前のコンサルタントと話をするだけではなくて、ぜひ現場に足を運んで、その現状を肌で感じてもらいたいですね」
吉山 龍弥(よしやま・りゅうや)◎大学卒業後、作業療法士として障害者福祉事業所に勤務。発達障害者(児)から認知症者の支援まで経験後、複数の新規事業立ち上げに従事。その後、発達障害専門クリニックや(株)LITALICO(障害者就労支援事業部門に配属)を経て、地元熊本県山都町にUターン。BLANCO ICECREAMを立ち上げる。2021年、グロービス経営大学院卒(MBA取得)。
引用:forbes JAPAN
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