尿をつくる、血圧を調節する、造血ホルモンを分泌するなど、複雑な役割を持ち、再生は困難といわれている腎臓。横尾隆慈恵会医科大学教授(腎臓・高血圧内科)は四半世紀にわたり、その腎臓の再生に挑戦し、臨床への応用の可能性を探っている。
現在取り組んでいるのは、慢性腎不全の患者のiPS細胞(人工多能性幹細胞)とブタの胎児の組織を使って腎臓を再生する研究だ。
慢性腎不全は腎機能が徐々に低下し、そのまま放置すると死につながる病気。患者は世界的に増加しており、期待が寄せられている。現在、人工透析などが行われているが、根治策は移植しかない。
「でも、国内のドナーは慢性的に不足しているし、そもそも日本では腎臓病の治療法に重きを置いてこなかった」と横尾教授は話す。
「理由の1つは、腎臓病は悪化しても人工透析という治療手段があるからです。一方、腎移植は脳死下での提供がとても少なく、パートナーや親の腎臓を生体間移植として譲り受けるしかない。いずれにしろ、患者の負担は心身共に大変大きいです」
そこで横尾教授が新たな治療の選択肢として研究しているのが、動物の臓器を代替する異種移植と再生医療の利点を組み合わせたハイブリッド医療ともいえる「異種再生医療」だ。複雑な構造体である腎臓そのものを作るのは難しいため、横尾教授は第3の治療法を患者に届けるにはこれが最も早いのではないかと考えている。
特徴は、動物の胎児の体内で行われる臓器の発生プログラムと場所を「借りる」こと。横尾教授が説明する。
「まず、摘出したブタの胎児期の腎臓(腎臓発生環境)にヒトiPS細胞から作製した腎前駆細胞(腎臓になるもとの細胞)を特殊な注射器で注入します。これが腎臓の種(Kidney Seed)です。これを患者さんの体内に移植すると、体内で腎臓発生プログラムが働き、成熟した腎臓まで分化し、最終的にiPS細胞由来の再生腎臓が完成するのです」
横尾教授らの研究チームはすでに2017年、マウスとラットとの間で腎臓の再生・移植を成功させた。現在はブタと人間に近いサルとの間で研究を進めている。異種移植では自分ではない異物を体に入れるため膨大な免疫抑制薬を必要とするが、現在の研究では少量の免疫抑制薬で済むこともわかったという。
とはいえ、実用化までは「課題が山積み」と横尾教授は言う。そのなかで最大の難題は、異種移植の規制が日本で厳しいことだ。ごく一部の医療以外、認められていない。
横尾教授の研究はヒトのiPS細胞を用いるが、ブタの細胞を使うため異種移植にあたる。そのハードルを乗り越えることが1つの課題だという。同時に異種移植が国民に受け入れられるための努力も行っていかなければならない。目標は5年以内の実用化だ。「今考えているのは、先天的に腎機能が低下している未熟児への移植です」(横尾教授)。
実は、人工透析は体重が2キロ以上ないと受けられない。そのため、腎機能が低下している未熟児は治療のすべがなく、死を待つしかない。
「そういう小さいお子さんに我々がつくった腎臓を移植する。移植した腎臓が生着してどれぐらいもつかはまだわかりませんが、その子が成長し体重が2キロになれば、透析という手段も可能になる。まずはそういう使い方でもありだと考えています」
透析と腎移植という治療法に異種再生医療という新たな選択肢を1日も早く加えたい――横尾教授の夢である。
続いては、角膜の再生医療を見ていきたい。
西田幸二・大阪大大学院教授(眼科学)のチームは2022年4月、iPS細胞からつくった角膜の細胞を、視力をほぼ失った角膜上皮幹細胞疲弊症の患者4人に移植した臨床研究で、安全性と有効性を確認したと発表した。4例とも重い拒絶反応や腫瘍の形成などはなく、症状の改善や視力の回復が見られたという。
角膜は目の表面を覆う厚さ0.5ミリ程度の組織で、カメラでいうレンズの役割をしている。何らかの病気で角膜の細胞が傷ついて視力低下や失明などの症状をきたした患者に、角膜を移植して視力を改善させる角膜移植の歴史は古く、1905年にさかのぼる。
「でも、拒絶反応や術後合併症、角膜を提供してくださるドナー不足といった問題が長年ありました」と話す西田教授。角膜の再生医療の研究を始めたのは2000年ごろだ。
「角膜は上皮、実質、内皮という3つの層からできています。一般的に角膜上皮は移植しても拒絶反応を起こしにくいのですが、なかには拒絶反応が強く出る病気もあり、その場合は移植ができない。そこで、そういう病気を持つ患者さんのために、ご本人の口内粘膜を培養して上皮シートを作り、それを移植する研究を始めました」
2004年に世界で初めて手術に成功し、今では保険適用になっている。ただ、口腔粘膜上皮細胞シートは角膜上皮そのものの再生ではなく、あくまでも代替だ。純粋な角膜とは違って濁りがある。
そのため、西田教授は山中伸弥・京都大教授がiPS細胞を開発した2006年から、iPS細胞から角膜上皮を作る研究をスタート。2016年、iPS細胞を活用した「機能的な角膜組織の作製」に成功した。
「あるタンパク質を敷いた培養皿でiPS細胞を分化させると、網膜細胞や角膜上皮細胞などさまざまな目の細胞に分化することがわかり、研究は一気に進みました」(西田教授)
他者のiPS細胞から作った角膜の細胞を厚さ0.05ミリのシート状に加工し、角膜上皮幹細胞疲弊症患者4人に移植する臨床研究を2019年に開始。前述のように1年後、良好な結果を得た。次のステップは治験。数年後の実用化を目指している。
西田教授は現在の課題について、「コストがかかること」を挙げる。
自分の細胞から作るiPS細胞は拒絶反応はないものの、オーダーメイドとなるためコストが高くつく。そのため、公益財団法人「京都大学iPS細胞研究財団」(山中伸弥理事長)が遺伝的に拒絶反応を起こしにくい人の細胞でiPS細胞を作り、備蓄する事業を始めている。西田教授も理事の1人だ。
「これを製品化し、大量生産することでコストを抑えることができる。iPS細胞から作った角膜細胞は保存も可能なので、ストックすることで世界各地に輸送し、多くの人の治療に使うことができるようにしたい」と抱負を述べた。
心臓の筋肉である心筋細胞が壊死して起こる心不全。心臓弁膜症や虚血性心疾患などは新しい治療法が開発されているが、重症心不全ではいまだ根治させるには心臓移植しかない。
そんななか、iPS細胞から心筋細胞を作り、心不全の患者に移植する再生医療に取り組んでいるのが、福田恵一・慶応大教授(循環器内科)らのチームだ。実用化に向け、2015年には大学発ベンチャー企業「Heartseed」も設立した。
福田教授が心筋再生医療の研究を始めたのは1995年。「治療法がないなら自分で開発しよう。心不全が細胞の壊死によって起こるなら心筋細胞を再生して補充しよう」と決意した。
骨髄の細胞から心筋細胞を作ることに1999年、世界で初めて成功。しかし、骨髄からできる量は少なかったため、ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞を用いた研究にシフトする。そして2016年、特殊な培養液を使うことでiPS細胞から心筋細胞を高純度で作ることに成功した。これにより、未分化のiPS細胞ががん化する危険性を回避できるようになった。
「この後も課題は次々と現れた」と福田教授は話す。
実は、心筋細胞1つひとつをバラバラに移植しても生着(そのまま心筋として機能し始めること)する率は低い。そのため、「心筋球」と呼ぶ1000個ほどの心筋細胞の塊を作って移植する方法を開発した。注射針で移植する際、出血して心筋細胞が外に流れ出てしまうのを防ぐため、特殊な専用針も開発した。「安全で効率よく投与する技術を地道に探し続け、ここまで四半世紀かかりました」と振り返る。
心筋の特徴は細胞分裂をするのではなく、細胞そのものが数十倍に成長し、心不全のため弱ったもともとの心筋の代わりに働き始める。現在進められている臨床研究は、拡張型心筋症の患者が対象。第三者のiPS細胞から心筋細胞を作製し、心筋球に加工。約5000万個の心筋球を患者の心筋に直接注入する。
iPS細胞を使って心不全を治療する臨床研究は、他の大学も進めているが、「心筋に直接移植でき、長期的な生着が期待できるのが相違点」と強調する。
福田教授がCEOを務めるHeartseedは2021年、デンマークの大手製薬会社ノボ・ノルディスク社と業務提携を行った。「私たちが開発した治療法をできるだけ早く世界に普及させるため、広いネットワークを持つ海外企業と組んだ」と、福田教授の語る今後の展望は尽きない。
「今のところ移植には開胸手術が必要ですが、患者の負担を減らし、より多くの施設で簡便に実施できるよう、カテーテルでの投与法を研究しています。免疫拒絶反応のない患者本人のiPS細胞やHLA(ヒト白血球型抗原)ノックアウト株のiPS細胞を利用した心筋作製の研究も進めています。これまで同様、1つひとつの課題をクリアしながら慎重に進めていきたい」
(取材協力:両角晴香)
引用:東洋経済オンライン
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