さまざまに広がるエイジテックの中でも、最もその役割が期待されているのは健康ヘルス領域です。そこで今回はデジタルヘルスの可能性について考えてみたいと思います。
高齢化が進み、高齢者が増えるということは、取りもなおさず、高血圧症や糖尿病といった高齢期特有の慢性疾患を抱えた人々が増加した社会であることを意味します。
子供や若者の多い社会において重要となるのは、かかった病気や怪我を早期に回復させるための急性期医療ですが、高齢者の多い社会では慢性疾患を重篤化させない予防医療や、慢性疾患などにより障害を抱えた高齢者の回復を目指すリハビリ医療分野などが大切な分野となってきます。
東京都健康長寿医療センターの調査によると、東京都の後期高齢者(75歳以上)は、高血圧、潰瘍性疾患、油脂異常症、脊椎/関節疾患などのうち、2疾患以上を併発する割合が8割に上るそうです 。
慢性疾患数の増加は、すなわち医療費の支出増加につながります。50代前半(50-54歳)の年間一人当たり医療費は22.9万円であるのに対して、前期高齢者となる60代後半には46.6万円と倍増し、後期高齢期(75~79歳)には77.5万円と3倍近くとなります。(平成29年厚生労働省資料 )2018年5月に公表された「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)~概要~」(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省)では、2018年度は56.8兆円である医療・介護費は、2030年度には81.6~81.9兆円、2040年には103.9~105.9兆円に増加すると推計しています 。
こうした状況に対して、今後重要となるのは、まさに高齢期における予防医療なのです。
現代医学分野で「予防」という概念が生まれたのは1980年代前半のアメリカからでした。
アメリカは一部の公的保険(高齢者/低所得者を対象とする保険)を除けば、日本のような国民皆保険制度は存在していません。大多数の国民は民間企業である保険会社の提供する健康保険に加入しなくてはなりません。保険会社側にとってみれば、加入者が保険を利用し医療にかかるよりも、病気を予防し、医療にかかる機会が減ってくれるほど収益向上が期待できます。
こうしたことから、患者や患者予備軍に働きかけて、疾病リスクを下げようとする「ディジーズ・マネジメント」という手法が活発になってきました。
日本の場合は、皆保険ということもあり、現在はこうしたインセンティブがなかなか働きづらい仕組みではありますが、一部の生命保険会社では行動経済学の手法を活用した保険商品を販売するなど、ディジーズ・マネジメントを取り入れる企業も少しずつですが生まれ始めているようです。
一般に予防医療は0次予防から5次予防にまで分類されます。基本は1次予防〜3次予防で、近年それに0次予防、4、5次予防という概念が加わりました。
1次予防は、生活習慣病につながる可能性が高い高血圧、高脂血症、糖尿病を抱えながらも、それが心筋梗塞や脳梗塞、腎不全など、病気として発症するのを防ぐ段階を指します。
2次予防は、生活習慣病が既に発症した人に対して、早期発見、早期治療し、重篤な症状まで悪化、再発させない段階を指します。そして3次予防は、ある程度症状が進んだ患者の病気治療、体力回復を図り、社会復帰を促すことであり、リハビリテーションがこれに該当すます。
さらに、この1次〜3次予防に加え0次予防や4次予防、5次予防が重要になると語るのは、スタンフォード大学循環器科主任研究員の池野文昭氏です 。
0次予防とは、3段階の予防の前段階にあたるもので、基本的に健康な人を生活習慣病にさせないこと、すなわち未病を意味します。そして4次予防は3次予防の次に来るものとして、高齢者を寝たきり、フレイル状態にさせないことであり、5次予防は人生の最後の場面をより良く終わるための終末期サポートのことを指します。この0次予防から5次予防の各段階に応じた予防措置を講ずることが今後は重要になってくるのです。
予防の種類
そして、その際に期待されるのが、エイジテックのひとつであるデジタルヘルス・ツールの活用です。今までは体温や血圧以外のさまざまな健康データを測定するためには、わざわざ病院や健診センターに出向き、各種の診断機器を使ってデータ測定する必要がありました。しかし、今では測定機器の小型化、スマートウォッチの高度化により、多くのデータが自宅に居ながら、しかも24時間いつでも取得できる時代になりつつあります。
米国食品医薬品局(FDA(Food and Drug Administration))によると、デジタルヘルスには、「モバイルヘルス(mHealth)」「健康情報技術(IT)」「ウェアラブルデバイス」「テレヘルス・遠隔医療」「個別化医療」などのジャンルが含まれます。デジタルヘルス・ツールを活用することで得られるメリットとして、FDAは大きく以下の2点をあげています 。
(1)医療機関やその他の関係者は、データへのアクセスを通じ、患者の健康をより全体的に把握・追跡することで、疾患の早期診断、慢性疾患管理が可能となること。また患者のための医療の個別化も容易となる。
(2)生活者は、自らの健康についてより良い情報に基づく意思決定を行うことが可能となる。医療資源と離れていても、患者が自分の健康をよりコントロールできることを可能にする。
上記2つのポイントに加えて、期待されるのが先に述べた予防につながるリスク予測、これに効力を発揮するのがAIです。AIを活用したリスク予測を行うためには、まずは、どのようなデータを活用し分析するかというアルゴリズム設計を行うと同時に、深層学習の教師データとなるデータセットをどこから入手するかが重要となります。
ヘルスケア領域には、過去に収集された数多くの健診データや医療データが存在しています。これらのデータを深層学習の教師データとして活用すると同時に、新たに個人のヘルスデータやバイタルデータを加えることで、過去のデータ解析から現在の個人が抱える健康リスクや介護リスクの将来確率を測定することが可能となるのです。
ヘルスケア領域だけでなく、医療分野でもゲノム解析、画像診断支援、診断・治療支援などにおいてAI技術を活用した機器開発が進んでいます。こうした分野では、AI医療機器、診断機器としての認可取得が大前提となり、現在認可されている機器はさほど多くありません。一方で、人体へのリスクがほとんどない低リスクのソフトウェアは、「医療機器」に該当しないとされており、エイジテック分野の予測装置は、概ねそうしたジャンルに属するものと言えます。こうした機器の活用は、病院などの専門機関での利用というよりは、自宅で手軽にリスク管理を行うための装置として普及していくことでしょう。
ただ、こうしたことを実現していくために必要となるのは、さまざまな医療データやヘルスデータを企業が活用できるための環境整備です。
医療データ、ヘルスデータは基本的に個人に属するものであり、セキュリティ管理、プライバシー保護の面からも情報の取り扱いには十分に注意する必要があるものの、こうしたデータ利活用のための環境整備は、デジタル領域のヘルスケア・イノベーションをよりスピーディに行うためには急務であると言えます。
海外に目を向けてみれば、イスラエルでは国家が管理する匿名化された医療記録をビッグデータとして活用することができる状況になっています。また米国ではGAFAによるデータ取得などが先行的に行われています。日本でも、2017年施行の改正個人情報保護法で、個人識別ができないように情報を加工することで、個人情報の保護と利活用が可能となり、一部企業による健診データ等のビッグデータ化が進みつつありますが、まだその歩みは遅いのが実情です。
今後、日本がヘルスケア分野でのエイジテックを推進していくためには、官民あげてのヘルスデータ利用のための環境整備が急務だと言えましょう。
【参考文献】
池野文昭監修『ヘルスケア・イノベーション』(時評社)
奥真也『未来の医療年表』(講談社現代新書)
【過去の記事】
【エイジテック革命】第2回 海外のエイジテック事情 ーアメリカとイスラエルのエイジテック
【エイジテック革命】第3回 高齢化が生み出す新しい高齢者市場
【エイジテック革命】第4回 超高齢社会の課題解決に向けて”エイジテック”は何を目指そうとしているのか
引用:Yahoo!ニュース
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