両腕・両足がない状態で生まれてくる「四肢欠損」という障害に向き合ってきたことで知られる乙武洋匡さん。その乙武さんが近年取り組んでいるのが、膝から下の身体がない人でも歩けることを示すための「義足歩行プロジェクト」。なぜ乙武さんは4年にもわたってこのプロジェクトに取り組み続けているのか、そして、義足で歩くためにどんなトレーニングが必要なのか。今回は実際に行なっている路上でのトレーニングの様子を見学させてもらいつつ、その経緯を取材してきました。
私のように両膝ともにない人だと、義足を履いても歩けるようになるのは難しい、と言われてきたんですね。それぐらい、人間の膝が「歩く」ときに果たしている機能は重要なんです。また、腕がない私にとっては、歩き初めた当初はなかなかバランスがとりづらく、歩行には腕でバランスを取ることも大事なんだと身をもってわかりました。
あと、「そもそも歩いていた経験がない」のも大きかったです。後天的に足を失った人は、義足で補ってあげると歩いていた頃の感覚を取り戻すことができる場合も多いらしいんですね。でも私の場合は先天性障害なので取り戻すべき感覚を持ち合わせておらず、ゼロからの獲得になる。
ところが、いざ始めてみるとゼロどころかマイナスからのスタートで…。
「やっぱりカラダそのものを改造しないと難しい」ということで、理学療法士の方にチームに加わってもらって、ストレッチや筋トレを始めることになりました。
本来なら筋トレで左右ともに筋力をつけて、歩行を支える方向で考えていたんです。でも、それとは違う方法で歩行距離を伸ばしていく方法を探らざるを得なかった。そこで今は、体幹と股関節の可動域を広げ、筋持久力をつけることをメインにやっています。
そもそも乙武さんは、こんな運動をしなくても十分に車椅子で精力的に活動できているわけで…うがった見方で申し訳ないのですが「誰かのため“だけ”にやってないかな?」「乙武さん個人はちゃんと楽しいのかな?」と思ってしまって。
でも、堀江貴文さんなんかは「健常者でもパーソナルモビリティで移動したほうが効率がいいし、そうなったらバリアフリーも自然に進むよね」とおっしゃっていますね。しかし、私たちがやっているのは、「移動を便利にするためのプロジェクト」ではないんです。
移動を便利にするためだけなら、電動車椅子をもっと改良して段差が登れるようにしたり、軽量化していったりする方が多分早いし、人間は楽になれると思うんですよね。
ただ、今のタイミングで現実的な話をすると、車椅子ってすごく目立っちゃうんですよ。
特に日本は同調圧力の強い国なので、「目立たずにみんなの中に溶け込みたい」と思う方も現実にいるんです。彼らのために私は、あえて健常者の二足歩行に近づけることを頑張っています。
そもそも健常者の皆さんのなかにもX脚やO脚の方もいらっしゃって、その人の歩き方は本当に正しいのか、という話はある。それどころか四足歩行で歩く人間がいたとして、咎められる話でもないですよね。
他にも色んな課題を取り入れていて。例えば2年目の大きな目標が「止まる」でした。皆さんは歩いて止まるのが当たり前ですけど、私は歩き出したら誰かに倒れこまないと止まれなかった。他には「右に曲がる」「左に曲がる」「Uターンする」、それと「上り坂を登る」「下り坂を下る」、あとは「段差」なんていうのも。
ところが、旅行に行って3日もやらないでいると、ちょっと「やりたいな」って気になってくる。そんな自分に「バカじゃないの!?」と思ってるんですけど(笑)。それが習慣になってきたんで、やらないと気持ち悪い、やってスッキリしたい、という風になってきてるんです。
もともと私はスポーツライター時代に野球やサッカーなどのチームスポーツの取材をたくさんやってきましたが、一人ひとりの強みとか個性を組み合わせて前に進んでいくチームプレーがすごく好きなんです。
「止まる」にしても「曲がる」にしても最初は当然できなかったんですけど、そこを内田さんが「どういうトレーニングをすればできるのか」を考えてくださって、私も「実際に身体のバランスのどこに力をかけて、どのタイミングで足を振り上げたらクリアできるか」を考えて言語化して内田さんに伝えるんです。
すると、また内田さんからフィードバックを頂き…やがて、できるようになる瞬間が来る。もう、めちゃくちゃ嬉しいですね。
取材・文/中野慧 撮影/安田光優
出典:Tarzan Web
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