体に重い障害があっても、高齢者でもホームランバッターになることができ、健常者と一緒に楽しめる野球を、高校野球強豪校の元球児が開発した。きっかけは、中日ドラゴンズのユニホームをまとった車いすの少年との出会い。開発のアイデアは、かつて多くの子どもたちが遊んだボードゲームの「野球盤」から生まれた。自分が味わったスポーツの素晴らしさを、体を動かすのが難しい人にも体験してもらいたい。元球児の思いが、各地で思いがけない奇跡を生んだ。(共同通信=米津柊哉)
障害者も高齢者も強打者になれる
「がんばれー!」。2021年12月上旬、埼玉県宮代町で「ユニバーサル野球」の体験会が開かれた。声援の中、緊張した面持ちで打席に入ったのは宮代特別支援学校高等部の柿沼優美さん(17)。柿沼さんが振ったバットは芯でボールを捉えた。打球がホームランゾーンに入ると、柿沼さんは満面の笑みを浮かべた。
舞台となった球場は5メートル四方で、木製の板などを組み合わせて作られた。通常のスタジアムの20分の1ほどの大きさだが、野球盤としては特大サイズだ。
バッティングは簡単だ。バットにつながるひもを引くと、ストッパーが外れ、ばねの力で勢いよくスイングする仕組み。ボールを投げるピッチャーもいない。ボールはターンテーブルに置かれて回り、好きなタイミングで打つことができる。空振りはない。通常の野球盤と同様、アウトの穴やヒットのゾーンがあり、打球の行方が勝負を分ける。
ひもはわずか1センチ引くだけでOK。手がほとんど動かない障害者や、腕力や握力が弱くなっている高齢者でも、簡単にパワーヒッターになることができる。ユニバーサルという英語には「普遍的な」という意味がある。文字通り、誰でもできる野球だ。
▽車いすの少年にボールを打つ喜びを味わわせたい
開発したのは夏の甲子園に39度出場した札幌市の強豪校、北海高校で白球を追いかけた中村哲郎さん(53)。2011年の東日本大震災をきっかけにボランティア活動に関心を持ち、障害者へのスポーツ指導に携わってきた。
17年、中村さんが参加したスポーツ教室に姿を見せたのは、当時特別支援学校の小学部に通う車いすの少年だった。プロ野球中日のユニホームを身に着け「野球が好きなんだ」と中村さんに明かした。
「好きならやってみなよ」と声を掛けたものの、少年の手は脳性まひでほとんど動かなかった。
打球を飛ばす楽しさをどうすれば味わってもらえるか。中村さんが最初に考えたのは、雨傘が開く力を利用する仕組みだった。誰もが日常的に繰り返す動作なら簡単じゃないか。体験してもらったが、不自由な手ではボタンを押し込む動きが難しかった。
それでも少年の母らは、製作を試みてくれたことを喜んでくれた。「どんなに失敗しても絶対に作る」。奮い立った中村さんが試行錯誤を重ね、何度も失敗した末に完成させたのが、指にひもを引っかける形。必要な力を最小限にとどめ、手が不自由でも動かしやすい機構を考案した。
さらに、バッティングだけでなく、真剣勝負のドラマが生まれる野球の楽しさを味わってもらおうと、野球盤の仕組みを応用した「球場」を作り上げた。
少年は初めて臨んだ試合で無安打に終わった。それでも、他の子がホームランを放つなかで「悔しい。次は打ちたい」と気持ちをあらわにし、再びバッターボックスに立つことを誓ったという。野球の楽しさを味わってくれたのだと感じた。
▽健常者とスポーツできるなんて思いもしなかった
ユニバーサル野球で中村さんが重視したことがもう一つある。それは応援される喜びだ。
高校時代、甲子園出場がかかった地方大会の決勝戦。場内放送で名前が読み上げられると、観客で埋め尽くされた球場は「かっとばせー、中村」という大声援に包まれた。「あの光景、あの応援は忘れられない」
決勝戦で敗れ、甲子園出場はかなわなかったが「応援してもらえるのは当たり前のことではないと気づいた。負けなかったら気づかなかったかもしれない」。あの感覚を多くの人に知ってもらいたい。「声援を受ける経験をしてほしい。素晴らしい思い出になるから」
こうして完成した「野球盤」は、障害者や高齢者向けの体験会で大きな反響を呼んだ。
19年、特別支援学校で行われた初の体験会では、障害のある子どもたちと家族がともに野球を楽しんだ。
参加者からは「健常者の家族とスポーツをできるなんて思いもしなかった」という喜びの声があふれた。中村さんは「家族みんなでスポーツを楽しめるのは当たり前のことだと思っていた」と振り返る。
大阪府で開催した体験会では、子どもたちの声援を受けた高齢の女性が、打席で車いすから立ち上がった。そのそばで、担当の理学療法士が涙を流していた。普段は自ら立ち上がることがない女性が、立ち上がって楽しんでいる。
「ユニバーサル野球では想定外の光景が生まれる」と中村さん。スポーツの力、声援の力を実感した。
▽世界中全ての子どもたちが野球をできるように
「野球盤」は小学校や特別支援学校、児童養護施設などに貸し出され、各地で体験会を開催している。会場に自ら駆けつけ、設営してプレーのコツを伝える中村さん。勤務先で、障害者事業に力を入れる堀江車輛電装(東京)もユニバーサル野球を事業化し、活動を支えている。
最近では日本工業大と共同で、スマートフォンに触れればスイングができる新型も開発した。遠隔地からもリモートで参加でき、21年の暮れには初めての全国大会を開催した。競技人口は着実に伸びている。
中村さんの目標は「全ての子どもたちが野球をできるようになること」だ。野球の本場、米国での大会開催など夢は広がる。「日本人は、誰もが壁を感じることなくプレーできる仕組みを考え出すほど、野球が好き。それを野球発祥の国に伝えたい」。熱っぽく語る中村さんの目は「野球少年」のままだった。
出典:47NEWS
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