超高齢化社会を突き進む日本において、介護施設の需要はますます高まっている。
そんな中で、頭脳スポーツとして注目を集める「麻雀」に特化したユニークなデイサービス(通所介護施設)が東京近郊にある。
「脳トレ麻雀デイサービス・ウェルチャオ」は、健康麻雀店「まーすた」を展開する企業が2018年に始めたデイサービス施設だ。
2024年5月時点では東京、千葉、埼玉に計5カ所(西亀有、平井、川口前川、与野、南柏)の事業所を展開。今夏には関西初の事業所となる京都での開所も予定されるなど、規模は広がりつつある。コロナ禍で苦しんだ時期もあったが、今では地域での口コミなどで利用者が増え、入所待ちが出るほどの人気ぶりだ。
なぜ介護に麻雀なのか。
金さんは「麻雀ほどデイサービスに合うレクリエーションはない」と自信をのぞかせる。
実は、デイサービスの利用者の7~8割は女性と言われており、男性高齢者からは敬遠される傾向にある。その理由の一つが、「退屈なレクリエーション」にあるという。
「介護施設では、リハビリテーションや入浴、食事、排泄の介助など、さまざまなことが行われています。介護業界も人手不足は深刻で、限られたスタッフの中で運営しています。そのため、多くのデイサービスではレクリエーションにまで力を割けず、塗り絵や折り紙といった簡単なものになってしまっています。女性は施設でできたお友達とのおしゃべりを楽しみに通所する方も多いですが、男性はそうはいかないのが現状です」(金さん)
デイサービスは認知や身体の機能が衰えた人にとって「数少ない外出の機会」を提供するうえでも重要だ。自宅に籠りきりになり、人付き合いが減ると、心身の健康に悪影響を及ぼす。
そこで金さんらが目を付けたのが麻雀だ。
現在でこそ「Mリーグ」で盛り上がりを見せる麻雀だが、実は約半世紀前にはもっと大規模な麻雀ブームがあった。小説家・阿佐田哲也氏の『麻雀放浪記』が大ヒットしたことや、自身で結成した「麻雀新撰組」のテレビ番組での活躍などにより、麻雀人口は激増。「レジャー白書」に残る最も古い記録である1982年には、麻雀人口が2140万人を数えている。現在の麻雀人口がおよそ500万人と言われているので、比較すると、4倍以上の人々が麻雀に親しんでいたことになる。
「現在デイサービスを利用される世代で、特に男性は若い頃にはどんな形であれ麻雀に一度は接したことがありますし、楽しかった思い出もあるでしょう。ただ、高齢になって体が弱り、街の麻雀店に足を運ぶのが難しくなってきている方がいるのも事実。ウェルチャオでは、そうした方々に気兼ねなく麻雀を楽しんでいただくことをテーマとしています」(金さん)
ウェルチャオには金さんをはじめ、麻雀プロとしても活動するスタッフが10人以上在籍している。中には介護福祉士や看護師の国家資格を持った麻雀プロもいる。
デイサービスとして利用者をケアできる体制を整えつつ、麻雀に関してもゲーム進行を円滑に行えるようにサポートしているのは、麻雀店を母体に持つ同所だからこそ成せる大きな特長の一つだ。
ウェルチャオを主に利用するのは要介護1~2の日常生活に介助を必要とする人たちだ。送迎車で午前9時半ごろ施設に着くと、体操や昼食、リハビリなどをはさみつつ、午後5時ごろまで麻雀に精を出す。
実際に牌を手にすることで、過去麻雀に親しんだ日々を思い出すのか、明らかに様子や手つきが変わるという。
先日閉幕したMリーグで優勝を果たした「U-NEXT Pirates(パイレーツ)」の小林剛さんは、時折ウェルチャオで利用者と共に卓を囲むプロのひとりだ。
「みなさん『早く打とうぜ』という雰囲気で、すごく麻雀を楽しんでくれています。おそらく昔はいろいろな形で麻雀をやっていたのでしょうね、中にはしっかり相手の手を読んでいて、上手だなと感じる方もいます。認知症だったり体が不自由だったりで日常生活がままならないという方も、麻雀を打つとキリッとするんです。それはすごく面白いなと感じますね。何かあったときには看護師さんなどが来てすぐに対応してくれますし、普通に打っている分には、本当に街の麻雀店と変わらない感じなんですよ」(小林さん)
麻雀は昨今、計算能力やコミュニケーションの能力の向上につながるとして、子どもたちの情操教育に有効だと言われている。そして高齢者にとっても、計算を行うことや指先で立方体のものを扱うことが脳に刺激を与え、認知症予防に効果があると考える医師もいる。何より、麻雀をやって楽しいと思う気持ち、勝ち負けに熱くなる思いが、精神的な衰えを防ぎ、より良い老後を送ることにもつながるだろう。
一方で、長らく賭け事と紐付いてきた麻雀は、まだまだよくないイメージを持たれることが多い。介護事業は税金を原資としてサービスを提供しているため、「市民の血税で麻雀をさせるのはいかがなものか」という意見もある。
神戸市では「一日中、パチンコやカードゲーム、麻雀を主として行うサービスは介護保険事業の対象としてふさわしくない」との見解を示し、デイサービスとしてこのようなサービスを提供することを条例で禁じている。そのため、現状ではウェルチャオのような介護事業者は市内で事業を行うことはできない。
ただ、実際に行政などとやり取りをすると、担当者にも麻雀ファンは多く、これまでのような取っつきにくさは持たれていないと感じている。小林さんも「行政との交渉などでMリーガーの僕の名前が信用につながるならありがたいし、どんどん使ってほしい」と、協力を惜しまない姿勢だ。
ウェルチャオでは「賭博」の要素を取り除こうと、同業他社にあるような「麻雀で勝つともらえるポイント」などの特典は取り入れていない。それでも利用者からは目立った不満は出ていないという。
何よりも利用者の満足度が高いことが広まることで、世の中の風潮が変わっていくと金さんらは信じている。
実際、金さんらには「麻雀×デイサービス」という異色の組み合わせが世の役に立っているという自負がある。
ウェルチャオの責任者を務めながら麻雀プロとして大会に出ていた金さんの元にある日、一人の男性が1枚の写真を差し出した。
「写真には小林さんと私、そして高齢の方が3ショットで収まっていました。聞くとその方は男性の亡くなられた父親で、妻を亡くして自宅に籠りがちになっていたのが、晩年はウェルチャオで麻雀を打つことをとても楽しみにされていたそうです。そういうお話を聞くと、この事業をやっていて本当に良かったと感じます」(金さん)
「麻雀は賭けなくても楽しいゲームです。勝つとうれしいし、負けると悔しい。そしてレベルにかかわらずそれぞれの楽しみ方ができますし、私もみなさんと麻雀を打つことで、いつも新鮮な刺激をいただいています。先日はMリーグで優勝できましたので、今度はMリーグチャンピオンとして、みなさんと卓を囲めたらと思います」(小林さん)
金さんはウェルチャオの今後について「まずは事業所を100まで増やしたい」と意気込む。都市圏に限らず、麻雀と介護の組み合わせには需要があると感じている。
実際、ウェルチャオには評判を聞いて見学に訪れる同業者もおり、金さんも快く受け入れている。現場を見た人は一様に「こんなに利用者が楽しそうにしているデイサービスは初めて見た」と、驚きの声を上げるそうだ。
「ウェルチャオを通じて、利用者を元気にできている、社会や地域のためになれていると実感できる日々を送れています。かつては自分のためだけに麻雀をやっていましたが、今は『日本中を元気にさせられたらいいな』という大きな夢を描けるようになりました。デイサービス業界は規模が大きすぎて、我々だけで全ての方をケアするのは難しいでしょう。いろいろな方が介護と麻雀をリンクさせた事業をやってくれたらいいですし、興味のある方にはノウハウもお伝えできればと思っています。私自身も、この事業を始めるにあたって未経験からスタートしましたし、経験がなくてもチャレンジはできますからね」(金さん)
ギャンブルの代名詞から知的ゲーム、そして高齢者福祉における強力なツールへとイメージが変われば、麻雀には世の中に良い影響を及ぼすさまざまな可能性がある。麻雀とデイサービスの融合が、これからの超高齢化社会における新たな価値を示していくことを、大いに期待したい。
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