認知症を防ぐにはどうすればいいのか。認知症専門医の朝田隆さんは「認知症には、一歩手前のグレーゾーン(軽度認知障害)の段階がある。5つの習慣を取り入れることで、認知症の進行を遅らせたり、認知機能を回復させたりすることができる」という――。
※本稿は、朝田隆『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■人対人で行う勝負事は脳全体の活性化に大変有効 ①麻雀 脳の若さを保つために「脳トレ」を日課にしている人も多いでしょう。私のクリニックの患者さんたちからも、「クロスワードパズルにハマっています」「新聞に載るパズルを必ずやります」といった声がよく聞かれます。 このような一人で気楽にできる脳トレでも、毎日続けていると、老化しやすい前頭葉の活性化に役立ちます。しかし、認知症グレーゾーンからUターンするためには、仲間と一緒にワイワイ楽しみながら行う脳トレのほうが、より効果的です。 Pさん(79歳・男性)は、認知機能の衰えを感じ始めた70歳のとき、脳トレを兼ねて麻雀を始めました。最初の頃は負けてばかりでしたが、もともと負けず嫌いのPさんは、インターネット上の麻雀ゲームで腕をみがき、めきめきと上達。今では仲間うちの誰もが一目置く雀士となりました。 週3日は4人で雀卓を囲み、「よっしゃ、勝った!」「ああ、負けた」という真剣勝負をしているそうです。こうした人対人で行う勝負事は、前頭葉を大いに刺激するとともに、ドーパミンなどの脳内ホルモンも放出され、脳全体の活性化に大変有効です。
■わくわく感は脳にとって最高の刺激になる また麻雀は、役を覚えたり、作戦を練ったり、先を読んだり、相手の裏をかいたりと、脳をフル活用します。指先を使うことでも、脳は刺激されます。コミュニケーションがとれるだけでなく、麻雀それ自体にも脳によい刺激を与える効果があります。そのため、デイケアホームなどで麻雀大会を開催しているところもあるほどです。
麻雀初心者でも、Pさんのようにコンピュータが相手のゲームから始めてみてもいいですね。そこである程度スキルをみがき、自信がついたところでリアルで勝負してみると、そのおもしろさにハマっていく人が結構いらっしゃいます。 すると、わくわく感がどんどん倍増して、脳に最高の刺激となります。パソコンを使ったオンラインの麻雀ゲームで楽しむのもいいでしょう。見知らぬ人同士であっても、“対人”で行うほうが脳の若返りに適しています。 もちろん麻雀にかぎらず、トランプであれ、チェスであれ、人対人で行う勝負事には同じような効果があります。ただし、1対1よりは、できるだけ多くの人数でワイワイ楽しめるほうが、脳を元気にするためには効果的といえそうです。
■瞑想よりも「ぬり絵」がいい理由 ②ぬり絵 心を静めるといえば、瞑想(めいそう)がありますよね。 瞑想には、認知機能の低下を食い止める働きがあるといわれています。実際、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者が、24歳から77歳までの100人を対象にして行った調査では、長年瞑想を行っているグループは、運動神経や反射神経、記憶、思考力などに関わる灰白質の減少が抑えられたそうです。 ただ、これは私の個人的な意見ですが、瞑想は案外難しい。心を無にしようとしても、慣れない人はじっと座っていられません。すぐに雑念がわいてきてしまいます。 その点、ぬり絵をぬっていると、簡単に無心になることができます。指先を細かく動かす動作には、脳の前頭葉にある運動野と呼ばれる部分の働きを高め、脳全体の血流を活発にしてくれる働きがあります。 前頭葉は理性や思考をつかさどる部分ともいわれているため、ぬり絵をすることで心がおだやかになり、自律神経のバランスがよい状態になります。さらに、全体を観察して覚えたり、色をぬる順序を決めたりすることでも脳は活性化されます。 ちゃんとできるようになるためにそれなりの訓練が必要な瞑想よりも、私はぬり絵をおすすめします。今は書店に行けば、大人向けのぬり絵がたくさんあります。 子ども向けの簡単なものよりは、こうした細かく繊細な絵を仕上げるほうが、脳の活性化にはつながりやすいでしょう。インターネットには、無料でぬり絵をダウンロードできるサイトもありますので、いろいろなぬり絵を試してみてください。
■大声で歌えば、脳と体にいいことばかり ③カラオケ 歌は発散。思いっきり歌うことで、エンドルフィンなどの脳内ホルモンが分泌され、脳のストレスを緩和してくれます。ストレスは認知症のリスクを高めるため、大いに歌って発散しましょう。 また、1曲まるごと歌詞を覚えたり、音程やリズムをつかみながら歌ったりすることは、脳をフル活用することになります。 さらに、大声で歌うと自然と腹式呼吸になります。空気をいっぱいに吸い込み、深く吐き出すことで体に大量の酸素が取り込まれ、全身の血流がよくなり、認知症の誘因となる高血圧予防にも一役買ってくれます。
■カラオケで懐メロを歌おう 認知症グレーゾーンの段階なら、毎日の生活のなかで歌う機会を増やすだけでも効果は期待できます。まずは、そこから始めてみましょう。 ただし、ご近所の目(耳)が気になる方もいますよね。そんなときは、ぜひ、ご夫婦や家族、仲間でカラオケに行ってみてください。同世代みんなで懐かしい歌を歌えば、後述する回想法を実践することにもなります。歌詞を区切って順番に歌うなど、ゲーム性を取り入れるのもいいですね。グループホームなどでは、「替え歌」にして楽しんでいるところもあるようです。 また、歌いながら手拍子を打ったり、ステップを踏んだりすれば、2つ以上の動作を同時に行う「デュアルタスク」として、より脳を活性化することが期待できるのでおすすめです。 2021年に報告された、大阪大学のAhmed Arafa氏らの調査によれば、65歳以上の高齢者5万2601人のデータを分析した結果、楽器の演奏、およびカラオケを行っていた高齢者は、男性では認知症リスクがわずかに減少し、女性では認知症リスクの有意な減少が認められたとしています。
■ほめられるより、ほめたほうが、脳は活性化する ④ほめる 人からほめられると、誰でもうれしくなりますよね。ほめられることで「やる気」や「幸福感」を生み出す脳内ホルモンのドーパミンが分泌されやすくなると考えられています。 さらに注目すべきは、自分がほめられるより、人をほめたほうが、脳が活性化するということです。人をほめると、脳内に前出のオキシトシンが分泌され、人に対する親近感・信頼感が増すとともに、自分自身の幸福感も得られることを、脳生理学者の有田秀穂先生が著書の中で述べられています。 自分のことより、他者のために力を尽くすことを「利他」と呼び、人をほめることも利他に相当します。 では、ここで質問です。 ただほめるよりも、「より脳を活性化させるほめ方」とは? 答えは、相手の内面をほめること。 一般的に、人をほめるときは、容姿やファッションセンスなど、外見的なことが多いでしょう。ですが、相手の努力や信条、真心などを評価するようにするのです。
■身近な人の内面をほめる そのためには、単なる“おべんちゃら”ではなく、しっかりと人間観察をして、適切にほめる力を身につけなければなりません。常に脳をフル稼働させておく必要があり、これが脳の活性化につながります。 適切に正しくほめることができれば、相手も気持ちがいいですし、自分の脳トレにもなる。まさに「情けは人のためならず」で、人をほめることは、めぐりめぐって自分の利益にもつながるということです。 これを「互恵」といいます。ただ相手をほめろと言われても、何の見返りもなく、他者に力を尽くし続けることは、それこそ仏様でもないかぎり、無理です。持続的に「利他」を行うには「互恵」が不可欠で、そのほうが相手にとっても助かります。 お互いにほめ合うことこそ、認知症対策の理想。「善は急げ」ともいいます。さっそく、この本を閉じたら、誰かをほめてみてはいかがでしょう。ご主人、奥様、親御さん、子ども、孫、友人、同僚……。どこをどうやってほめようか。そう考えるだけで、きっとわくわくしてきます。
■「思い出」を話すだけで脳は元気になる ⑤思い出話 年をとると、昔話が増えるといいますよね。でも、じつは「思い出話」には、認知機能の低下を抑える効果があるという説もあるのです。 認知症や認知症グレーゾーンになると、最近の記憶を保つことが苦手になっていきます。一方で、認知症がかなり進行しないかぎり、昔の記憶はよく保たれます。この脳の中に眠っている記憶を意識的に呼び覚ますことを「回想法」といい、医療や介護の現場でも、認知症のリハビリテーションとして取り入れられています。 この回想法を、ぜひ普段の生活に取り入れてみてください。ご夫婦で、家族で、お友だちと。単に昔話を語り合うだけでもいいですが、テーマを決めるとより効果が得やすくなります。 ご夫婦であれば、初めて出会った日のこと、初デート、二人で観た映画や旅行、共通の友人、子どもや孫にまつわる思い出などなど。相手の言葉を否定せず、「そうだったね」「あのときはどうだったっけ?」など、お互いによい聞き手になることが、回想法のポイントです。 日常のなかにあった家電や生活用品をテーマにするのもおすすめです。たとえば、昔懐かしい箱型の白黒テレビや黒電話、それから足踏み式のミシンなど。私が子どもの頃は、まだ洗濯板を使っているご家庭も多く、水を張ったたらいの前にしゃがんで、ごしごしと洗い物をしているお母さんがいました。そういう、同世代だからこそ通じるテーマは、コミュニケーションがとりやすくなります。
そこでご用意いただきたいのが、思い出を呼び覚ます「資料」です。昔の写真やアルバム、絵、思い出の品や当時のおもちゃ。懐かしい映画を観たり、音楽を聴いたりするのもいいですね。こうしたものを用意しておくと、五感が刺激され、より記憶が引き出されやすくなります。 ■昔の記憶を呼び覚ますことの3つの効果 回想法の認知機能に与える効果については、「改善が見られた」という報告もある一方で、「明らかな効果は見られない」という報告もあるなど、医学的に確証は得られていません。しかし、回想法を行うことで、次のような効果が期待できます。 ① 認知機能を活性化させる ひとたび昔のことを話し始めると、次から次へと記憶がよみがえってくることがあります。回想法は、この脳に保存されていた特定の記憶を思い出す「記憶想起」という働きを促します。 また回想法は、「人に話す」という点もポイント。昔を思い出し、語り合うときに、前頭前野の脳血流が増加するともいわれており、2018年の国立長寿医療研究センターの調査報告では、高齢者20人という少ない対象人数ながら、1週間おきに10週間、グループ回想法を行ったところ、記憶に関する認知機能検査において有意な改善が見られたと報告されています。 ② 心が落ち着き、自信を取り戻す 過去を振り返るときに感じる懐かしさや、当時の楽しい気持ちは、心を落ち着かせます。これまでの人生を振り返り、成し遂げたことへの自信と誇りを少しずつ取り戻し、前向きな気持ちになることができます。 ③ コミュニケーションが生まれる 思い出話を心ゆくまでするのは楽しいもの。同時代を生きた人同士であれば、一体感や仲間意識も生まれるでしょう。何より、「自分の話を聞いてくれる」相手がいることで孤独や不安感が安らぎます。 回想法は、もともと高齢者のうつ病治療法として1960年代にアメリカの精神科医が始めたものです。気分がうつうつとして沈みがちなときには、ぜひ試していただきたい方法です。 ———- 朝田 隆(あさだ・たかし) 認知症専門医 東京医科歯科大学客員教授、筑波大学名誉教授、医療法人社団創知会理事長、メモリークリニックお茶の水院長。1955年島根県生まれ。1982年東京医科歯科大学医学部卒業。東京医科歯科大学神経科精神科、山梨医科大学精神神経医学講座、国立精神・神経センター武蔵病院(現・国立精神・神経医療研究センター病院)などを経て、2001年に筑波大学臨床医学系(現・医学医療系臨床医学域)精神医学教授に。2015年より筑波大学名誉教授、メモリークリニックお茶の水院長。2020年より東京医科歯科大学客員教授に就任。アルツハイマー病を中心に、認知症の基礎と臨床に携わる脳機能画像診断の第一人者。40年以上に渡る経験から、認知症グレーゾーン(MCI・軽度認知障害)の段階で予防、治療を始める必要性を強く訴える。クリニックでは、通常の治療の他に、音楽療養、絵画療法などを用いたデイケアプログラムも実施。認知症グレーゾーンに関する多数の著作を執筆し、テレビや新聞、雑誌などでも認知症への理解や予防への啓発活動を行っている。著書に『認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること』(アスコム)、『まだ間に合う!今すぐ始める認知症予防』(講談社)などがある。 ———-
引用:プレジデント オンライン
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