醜形恐怖はなぜ起きたのか?
ティーン向けの二重整形の電車広告がTwitterで話題になっていた。私が気になったのは、「前は運動、嫌いだった。汗で二重のり、取れちゃうから」というキャッチコピーだ。行動に支障をきたすほど、見た目が気になる……。これは、想像するだけで息苦しい。それはかつて『ブスの呪い』にかけられ、醜形恐怖症ぎみだった頃の自分を彷彿とさせた。
思春期のころに「見た目が気になる」という経験をする人は多いし、それ自体はおかしいことではないと思う。かといって、大人として今の子どもたちに対して、一方的に「気にしないで、そんなこともあるさ」とフォローするのも、私はなんだか違うような気がする。そこまで見た目が気になるなりの事情が何かあると思うのだ。
もちろん「整形してよかった」という人もいると思うし、それを否定するつもりはない。しかし一方で、『ブスの呪い』にかかりつつも整形しなかった大人がここにいることを書き残しておきたい。
私は一重まぶただ。でも、一重まぶたよりも、10~20代前半は体型の方がコンプレックスだった。それに、私にとって二重まぶたは、メイクの工程の一部という捉え方だった。二重のりや付けまつ毛を使って二重まぶたにすることは、下がっているまつ毛をビューラーで上げたり、目の下のクマをコンシーラーで隠すのと同じような感覚だった。今では二重のりも、つけまつ毛も辞めたが、加齢で皮膚がたるんだのか、癖がついたのか、ときどき二重まぶたに見えるようになった。しかし、もはや一重でも二重でもどっちでもいいよね、というのが今の気持ちだ。
二重のりを私が日常的に使うきっかけになったのは、高校のクラスメイトの影響だった。二重のりを使っていた友人に「どんな風になるか、試してみようよ!」と誘われて、友人のものを借りて、実験的にその場で試したのだ。高校生のころは、友人同士で、お互いにああでもないこうでもないとメイクを試したり、ピアスを開けたり、ちょっと背伸びをするような、実験的な時期があった。二重のりは、その中の一部だった。
今では二重コスメのクオリティが上がり、仕様も簡単で自然に見えるものも増えたらしいが、当時は二重のりを使ったところで、出来上がるのは不自然な二重まぶただった。それでも『おまじない』のように一応使っておくのが、私なりのささやかなおしゃれだった。眉毛を描いて、二重のりを使う。それが高校時代の日常だった。
当時、なぜ二重がよかったのかというと、二重まぶただと目が大きく見えて可愛いと思っていたからだ。女性誌やメイク雑誌を開いても、モデルは目がぱっちりとした二重まぶたの女性ばかりで、一重まぶたの民であった私は、まず参考にならなかった。ときどき一重まぶたの人が出てきても、修正するかの如く、まずメイクで二重まぶたにするところから始まるものが多かった。
高校生の私にとって、変化幅のあるメイクテクニックは面白く、「一重まぶたより、二重まぶたの方がいい」という価値観に、何の疑問も抱かなかった。友人にまじって自分も二重のりを使うことでイケてるような気もした。夏休みのうちに、プチ整形で二重まぶたにする友人もいた。そんなふうに、二重まぶたの方が可愛いと思わざるを得ない環境の中で、「一重って素敵」なんて、誰も言わなかったし、思えなかったのだ。
そんな私が醜形恐怖症ぎみになったのは、19歳の頃だった。
きっかけは、当時付き合っていた恋人にすっぴんを見せたところ「うわ! ブスだからこっち向かないで」と、素顔を否定され邪険に扱われたことだった。それ以降、人に素顔を見せるのが怖くなり、メイクをバッチリしていないと人に会えなくなってしまった。『ブスの呪い』をかけられたのだ。
私はそれまでよりも、容姿のコンプレックスが強くなり、メイクに時間をかけるようになった。ああでもないこうでもないとこだわりすぎて、予定に遅刻してしまうこともよくあり、外出してからも、隙があれば何度も鏡を見てメイクにおかしいところが無いか確認した。
毎回メイクで使っていた二重のりや付けまつげののりで、まぶたの皮膚がよく荒れた。しょっちゅう病院に通い、塗り薬を処方してもらっていた。医師には「二重のりとか、付けまつげ、辞めた方がいいよ」と言われていた。でも、どんなに肌荒れを起こしても、ありのままの自分を隠すために、濃いメイクを辞められなかった。
気にすればするほど、どんどん厚化粧になり、バイト先のパートのおば様たちに陰で「シンクロ」というあだ名を付けられていたこともある。シンクロナイズドスイミング選手のメイクばりに濃いメイクだったからだ。
『ブスの呪い』をかけてきた恋人に「二重に整形すればいいのに」と、整形を勧められたこともある。もちろん、整形するとしたら費用は自分で出さなければいけないし、手術のリスクを背負うのも私だった。手術は怖いし、メイクで何とかなると思っていたので整形には至らなかったが、あのとき私は彼に勧められるがまま、その一線を越えなくてよかったと思っている。
今になってわかることだが、見た目が気になりすぎて生活に支障をきたすレベルの私に必要だったのは、厚化粧や整形よりも、まずメンタルクリニックでカウンセリングを受けることだった。見た目を異常に気にすること。それは、ありのままの自分の存在を傷つけられたことに対する、防衛反応だったからだ。
悪いのは自分の素顔ではなく、「ブスだな」と傷つけてきた当時の恋人の方だった。でも私は私を守るために、「これ以上傷つけられないように」「彼に嫌われないように」と、完璧な自分を作り出そうとした。彼に体型も罵られるので、過剰なダイエットに取り組み、摂食障害にもなっていた。
恋人と別れて何年経っても、わたしは「きれいで痩せていなければ愛されない、価値がない」という思い込みから逃れられなかった。私にとって「自分の見た目を変えること」は、一見すると自己防衛だったけれど、実は『ブスの呪い』を解くどころか、呪いをもっと強める方法だったのだ。やっとのことで摂食障害から回復したのは、26歳のときだった。
当時の私は、友人にも誰にも、恋人にブスだと言われたことや、体型をなじられることを話せなかった。打ち明けたところで、何の解決にもならないと思っていたからだ。しかし、大人になってからこの話を友人にシェアしてみると、「なんだそのモラハラ男は!!」と怒りだしてくれたり、新しくできた恋人には「なんて最低の男だ!メイクしてる顔も素敵だけど、君の素顔はとても素敵だよ、だから自分を隠すように無理にメイクしなくていいんだよ」と熱弁された。
確かに私も友人がそんな事態に陥っていることを知ったら、CHAGE&ASKAの『YAH YAH YAH』のごとく、今からそいつを殴りに行こうするだろう。それなのに、傷付けてきた元恋人の価値観が、社会の価値観そのものだと思い込んでいたのだ。
個人的な出来事であっても、信頼できる誰かに一緒に考えてもらうと、物事が客観的に見えるようになったり、自分では思いつかなかった解決方法を導き出せるようになることがある。あのとき、ありのままの自分を否定された傷つきを、自己否定として取り込まずにケアできていたら、どうなっていただろう。もっと早くに私は私を「こうあるべき」と押し込める箱から解放させてあげられたかもしれない。
私の中にあった『ブスの呪い』は、さまざまな人の価値観に触れたり、人生経験値を積むなかで、どんどん薄れていった。メイクやおしゃれをしたり見た目に気をかけることを止めたいわけではない。他の物事を避けたり疎かになるほど、度を超えて見た目に対する強いこだわりを持っているとしたら、ちょっと立ち止まってみてほしいのだ。
実はそれは、過去の傷つきから生まれた防衛反応で、だからこそ手放すのが難しくなっているのかもしれない。そんなときに本当に必要なのは、心の傷つきをケアすることや、無理に自分を取り繕わずに一緒に居られる仲間、安心できる居場所だったりしないだろうか。
引用:FRaU
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