障がい者を雇うパン屋は多い。「東京のスワンベーカリーさんが成功し、障がい者を雇用するパン屋は増えたのですが、中度や重度の障がいの方はなかなか関われない。発酵時間を間違える、焦げるなど失敗すれば、ロスになってしまいますし、基本的に製造した当日しか売れない。夏目さんはもっといい事業はないか、と清掃業、印刷業、カフェや食堂などいろいろ挑戦したのですが、どれも多くの人を巻き込むのはすごく難しかったそうです」。パン工房時代に取材したときは、夏目さんご夫婦の給料が出ない状態だったことが、映画にも出てくる。

チョコレート製造なら、失敗してもやり直せる

 

 2013年、夏目さんは異業種交流会でトップショコラティエの野口和男さんと出会う。野口さんは、40歳から独学で材料調達から製品開発まで学んでショコラティエに転身。星つきレストランや一流ホテルなどのチョコレートブランド開発に携わってきた。野口さんから、チョコレートは失敗したら溶かしてやり直せること、工程を分解し一つ一つの作業のプロになればできる、と教わる。野口さんは現在、久遠チョコレートのシェフショコラティエを務めている。

 チョコレートには、テンパリングという難しい工程がある。カカオバターの結晶を安定させツヤを出す作業で、繊細な温度管理が必要なのだ。しかし、そうした作業に集中力を発揮する障がい者のスタッフもいる。手先が器用な人はラッピングをするなど、適材適所で分担する久遠チョコレートは、質の高いチョコレートを製造している。

 

適材適所で、障がいがある人もない人も、自分の工程のプロフェッショナルになる(C)東海テレビ放送
適材適所で、障がいがある人もない人も、自分の工程のプロフェッショナルになる(C)東海テレビ放送

 

 障がい者雇用にチョコレートの製造・販売が適している理由として、「パンは発酵時間も含めて製造に何時間もかかりますが、チョコレートは40分ぐらいでできる。利益率も高い。テンパリングも最高温度が50度ぐらいなので、火傷しない。さらにチョコレート、シャンパン、花は三大ギフトと言われていまして、チョコレートをもらえばだいたいの人が喜ぶ。2000年代以降に高級チョコレートのブームが来て盛り上がってきていますし、QUONテリーヌは1枚250円ほどと手を出しやすい価格に設定しているので日常用でも買える。賞味期限も3カ月ほどと長いのでロスが出にくいですし、催事の際は作りためができます。もちろんやり直せることでもロスを減らせます」と鈴木監督は説明する。

 久遠チョコレートのチョコは、有機農法と森林農法をベースに農園を管理しフェアトレードの精神に基づくKAOKA社などからカカオを仕入れる、できる限り有機食材を入れるなど社会貢献的な側面を持つ。障がい者が自立して暮らせる給料を保証する職場は、結果的に誰もが働きやすいため、シングルペアレントや性同一性障がいの人など、安定した職を得にくい人たちも集まっている。

 チョコレートは、SDGs的な側面でも近年ますます注目されている。2010年代半ばからカカオ豆の仕入れからチョコレートまで一貫生産を行うビーン・トゥ・バーのブランドが次々と開業し、産地の搾取につながってきた従来の生産体制に 目を向ける人も増えている。混ぜ込む食材や、イチゴ味、抹茶味、ほうじ茶味などベースのチョコの味もバリエーションを広げやすいので選択肢が広がり、リピーターを生みやすい。地元の食材を使うことは地域活性化にもつながる。形が不ぞろいな果物なども使えるので、食品ロスも防いでいる。

 チョコレートを選んだ結果、久遠チョコレートは多方面でSDGsに取り組む会社、と言える職場にもなっているのだ。

 

全国各地で愛される久遠チョコレートの店舗(C)東海テレビ放送
全国各地で愛される久遠チョコレートの店舗(C)東海テレビ放送

 

 

罪悪感を抱かずに観られる魅力の源泉は?

 

 もう一つ興味深いのは、ビジネスとしても成功しているため、福祉に興味がない人にも関心を広げられることだ。2022年9月16日放送の『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)でも、同社が紹介されている。

 夏目さんを中心に、何人もの従業員の人物像を紹介する『チョコレートな人々』自体、説教がましさは一切なく観客が罪悪感を抱かずに、稀有な会社の取り組みを観ることが可能な構成になっている。それは、夏目さんと久遠チョコレートについてよく知る鈴木監督の視点によるのだろう。

 親しくなり過ぎて聞きづらい厳しい質問は「カメラマンがしてくれる」と、はにかみながら話す鈴木監督の優しさも、取材した人たちの奮闘ぶりをフラットな視線で描く映像につながっているようだ。ベテランのカメラマンと編集のスタッフのおかげでまとまった、とスタッフへの感謝も忘れない。同作のプロダクション・ノートで、阿武野プロデューサーは、鈴木監督を「持続力がある。一つの村が丸ごと水没した『徳山ダム』、四日市公害のその後など、番組にした題材について目を離さず取材を続ける」と評する。

 残念ながら東京都内には久遠チョコレートの店は現在ないが、観ているうちに、チョコレートが食べたくなる。夏目さんの取り組みに刺激を受け、いろいろな人が多様な人を雇う職場を作って欲しい、久遠チョコレートの店がもっと増えてどこでも手に入るようになって欲しい、と願いたくなる作品である。

 

久遠チョコレートのスタッフたち(C)東海テレビ放送
久遠チョコレートのスタッフたち(C)東海テレビ放送