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なぜ親を介護する人はみな「突然、介護がやってきた」と言うのか? プロが分析する突然感の三つの背景

Nov 6, 2022

筆者:高口光子

親の介護をする生活になった友人や知り合いから、「突然介護になって、どうしていいやら」という話を聞いたことはありませんか。病院の手配、介護保険の手続き、介護のルーティンなど、多くの問題が一気にのしかかってくるといいます。聞いているほうも納得し、「突然そんな事態になって、たいへんですね」と同情します。しかし介護アドバイザーの高口光子氏は、「その言葉、おかしくないですか」と疑問を投げかけます。親が老いていくのは必然で、それまでに気づくタイミングはあったはず。子どもの側の準備不足が「突然」と感じさせるのだといいます。

■親は急に70歳から80歳になったわけではない

介護の現場では、親の介護をしている家族から「急に介護になってたいへんなんです」という訴えをよく聞きます。私はそのたびに、ちょっとした違和感を抱きます。そして疑問に思います、「なぜ、“急に”介護になった」という言葉が出てくるのだろう、と。

先日も、60代前半の女性からこんな相談を受けました。女性の母親は、突然、脳梗塞(こうそく)で倒れました。救急搬送されて一命をとりとめましたが、後遺症でからだが不自由に。「命が助かったからよかった」とほっとした矢先、病院から「もう退院していただかなくてはなりません」と言われ、女性の頭のなかには、「え、このあとの介護は私がするの?」「いっしょに暮らすなんて無理!」などの思いが渦巻いたといいます。そして私に訴えました。「突然、そんなこと言われて、私はいったい、どうすればいいんでしょうか」。

脳梗塞自体は、確かに突然の出来事かもしれません。しかし、なにかしらの病気やケガで要介護になるのは、年老いていけば誰にでも起こりうることです。親は70歳から急に80歳になるわけではありません。毎年一つずつ年を取って、日々、相応の衰え方をしているのです。「急に」介護生活になったと感じるのは、あなたが親の老いに気づいてあげられなかった、あるいは認めたくなかっただけではないでしょうか。親が老いることについて、あなたの準備が足りなかったゆえの感覚ではないでしょうか。

■「老い」や「介護」について知っているが、「自分ごと」にできない

ではなぜ、準備不足が起こるのでしょう。そこには、次のような三つの背景があると考えられます。▼情報不足で、老いや介護について想像がつかない▼身近に介護をする人がいないこともあって、「自分ごと」として考えられない▼自分たちの生活がたいへんで親の老後まで考えが及ばない。

情報不足の場合、いくつくらいから老いが始まるか、老いによってどのような心身の変化が訪れるか、どんなことができなくなってどんな危険が生じてくるかなどについて、正しい情報を得ていないために、老いた親に明日、起こるかもしれない事態が想像できません。さらに糖尿病や高血圧症などの親の持病や、高齢者がかかりやすい心臓や脳の血管系の病気、転倒による骨折や熱中症などの病気やケガについての情報も不足していることが多いようです。

最も多いのは、二つめの背景で、「高齢者が要介護になる状況や病気について知ってはいるけれど、うちの両親は元気だから、まだまだ関係ない」と、情報は得ているのに「自分ごと」としてとらえられていないケースです。たとえば親戚のおじさんやおばさんが施設に入所したとか、仲の良い友人の親が倒れて自宅介護になり、友人が介護の毎日でたいへんになっているなど、自分の近くに介護の体験者がいれば、「高齢になった親」がぐっと身近なものになるのですが、そうでなければ「自分ごと」としてとらえるのは難しいのかもしれません。

三つめは、自分たちの生活がたいへんで、親のことを考える余裕がない、というケースです。たとえばパートナーが病気、子どもに障害がある、経済的に余裕がなく働きどおしなどで、高齢になった親という要素が入り込む余地がない場合です。

家族ごとにさまざまな事情や背景があります。どんなケースでも、私たち介護職は、介護を受ける本人や家族が気持ちよく介護生活を送れるように、「急に介護になっちゃった」と半ばパニックになっている家族を、できる限りサポートします。しかし、なかにはやはりひとこと言いたくなってしまうケースもあります。「もっと前に、何度も気づく機会があっただろうに、なぜここまで何の備えもなく来てしまったの?」と。

■親の老いのサインを敏感に受け止めて心の準備を

生活のなかで、次のような場面に遭遇したら、親の老いの始まりのサインと受け止めて、そろそろ親子の立場が逆転する段階にさしかかっていることを察知する必要があります。▼親が「面倒だからやりたくない」「あなたたちだけで行ってきて」と疲れややる気のなさを言葉にすることが増えた▼歩く速度が遅くなった▼聞き返すことが増えた▼家事がおろそかになってきたなどです。そして、子どもである自分が親の世話をする、親のこれからを決めることへの、心の準備を始めてください。

この段階ではまだ親は元気で、いつもどおり、自分のことは自分でできます。要介護までずいぶん時間があるのではないかと思われるでしょう。実際、いよいよ介護のことを考えなければならなくなるのは、脳卒中や骨折で病院に運ばれた、そして治療は済んで、一般病院あるいはリハビリ病院に転院するとき、あるいは自宅に帰るときです。認知症の場合は、同じことを何度も言う、すべてに時間がかかる、片付けられず散らかすなどが徐々にひどくなり、尿や便にかかわる失敗が繰り返されるようになったときです。

なんの準備もなくこのショッキングな事態に直面すると、冒頭にご紹介した女性のように、対処できずに「急に起こった」と、突然感が生まれるのです。それとは逆に準備をしていた場合には、「ああ、自分はこういうときのために、心構えをしていたんだ」と、ショックの内にも胸にすとんと落ちるものがあって、状況を受け止めることができるでしょう。

■これからについて、親の考えや希望を聞く時間ができる

早い時期から親の老いを想定すれば、心の準備だけでなく、具体的な準備をする時間も生まれます。それは、親の考えや希望を聞きだす時間ができるということです。

親のこれからを決めるのはたいへんな重責です。できたら引き受けたくないと思うでしょう。そのとき、親の考えや希望を知っていれば、よりよい選択ができるはずです。

たとえば、認知症になった親を高齢者施設に入居させるかどうか迷っているとき、親の希望を聞こうと思っても、もう満足な答えは返ってきません。そうなる前に少しでも親と話をしていれば、自分だけ、あるいは家族だけで決めることにはならないでしょう。

一人暮らしができなくなったら私の家族と一緒に住む? 施設に入居する? この家はどうする? もしもの場合の延命治療は? など、確かめたいことは山積みですが、元気な間には話しにくい話題かもしれません。話を切り出すと、「俺を殺す気か」と言う親もいるでしょう。

最初は、そういう話がテレビや新聞などで出てきたら、偶然を装って、一般論としてどう思う?と話題をふってみるのがいいでしょう。高齢者施設はこんなメリット・デメリットがあるみたいよ、介護保険ではこんなことをしてもらえるみたいなど、親に情報を提供するのも大切です。たとえば施設に入ったらもう二度と家には帰れないなど、誤解のうえに自分の考えを組み立てている場合も少なくないからです。

親族や友人の葬式や法事、施設入居のタイミングでは、「いいお葬式だったね。お母さんならどういうのがいい?」「おじさんはからだが不自由になって施設に入ったんだね。お父さんがもしそうなったら、家にいたい?」など、もう少し話を進めてもいいでしょう。子どもだから聞く、親だから聞ける、お父さん(お母さん)の思いを大事にしたいから、と誠実な態度で話せば、答えてくれない親はいないでしょう。

親には一日でも長生きしてもらいたい、いつまでも甘えさせてくれる存在であってほしいという気持ちは誰でももっています。しかし親はいずれは老いて、子どもであるあなたが世話をする立場になります。そのときに突然感を抱いてパニックに陥るか、親の老いを早い時期から察知して納得して受け止めるか、それはあなたの心の準備次第です。これがあるかどうかで、あなたと親、双方にとって快適な介護生活を送れるかどうかが決まってくると、私は思っています。

(構成/別所 文)

高口光子(たかぐちみつこ)

元気がでる介護研究所代表

【プロフィル】

高知医療学院卒業。理学療法士として病院勤務ののち、特別養護老人ホームに介護職として勤務。2002年から医療法人財団百葉の会で法人事務局企画教育推進室室長、生活リハビリ推進室室長を務めるとともに、介護アドバイザーとして活動。介護老人保健施設・鶴舞乃城、星のしずくの立ち上げに参加。22年、理想の介護の追求と実現を考える「高口光子の元気がでる介護研究所」を設立。介護アドバイザー、理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。『介護施設で死ぬということ』『認知症介護びっくり日記』『リーダーのためのケア技術論』『介護の「毒(ドク)」は「孤独(コドク)」です。』など著書多数。https://genki-kaigo.net/ (元気が出る介護研究所)

引用:AERA dot.

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