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メデジン・カルテル【連載第4回】

連載:人生二毛作
Mar 16, 2026

 

夜が明けると

夜明けまでスマホと奮闘してやっと4時間ほど寝ただろうか?

ホテルの窓から見える風景にはビックリしてしまった。

昨夜は暗闇で真っ黒の風景から出てきた風景は高層住宅や近代的なオフィスビルがうかがえてコロンビアの印象が一変した。

 

ホテルの窓から見える風景

 

ホテル料金についている朝食を食べて、いざメデジンカルテルの本丸へ侵入だ!

しかし、スマホが使えない、鉄道(ここではMetoroと呼んでいる)駅までは歩いて10分ほどか?まずはタクシーやUberの料金などの状況を確認した方がいいな。

モジャ君との待ち合わせは11時。ホテルのWi-Fiを使ってUberで車を呼ぶと黄色いタクシーが来たではないか。ここではタクシーもUberシステムがタクシー無線代わりになっているようだ。

待ち合わせのSan Javier駅まで20分ほどで到着。駅前には多くの店があり活気がある、スーパーの店頭には果物や野菜が山盛りだぁ~

 

駅前には山盛りスーパー(ちなみに私はスイカが大嫌いです)

 

モジャ君と、いざメデジンカルテル中心部へ突入!しかし・・・

モジャ君とは初対面だが、WhatsAPPという国際的にはLINEよりも一般的なアプリを使って日本から交流していたので心配はない。

では、どうやってモジャ君と繋がったかと言うと、大学時代から交流がある同い年の東大のN先生と会った際に「今度メデジンへ行くつもりなんだけど、日本語の情報はN先生の論文だけで、何もつながりがなくて困っている」と話すと、メデジン大学にいたHさんを紹介するから待ってくれと、ありがたいお申し出があり、Hさんから日本語を勉強中のモジャ君を紹介してくれて、人のつながりが地球の裏側にも感じるありがたさ。

お~~、駅前にモジャ君がいるではないか。お互いにすぐわかるSNSは頼りになるぜ。とりあえず今後のためにMetoro のICカードを買っておくかとクレジットカードが入った財布を鞄からだそうとすると、

ヤバい!財布がない。

鞄のどこを探しても、ポケットを探しても、ない!ない!ない!スリにあったか?

真っ青になるが、モジャ君は「俺の財布はこれだけ!」と言ってポケットからICカードが入ったビニール袋を見せてくれる。俺だって現金は昨夜両替したコロンビア ペソが日本円では1万円ばかりがポケットにあるも~ん。と頭をよぎるが、その1万円で世界一周はできるわけがない。

モジャ君から今は立て替えておくから、気にしないでね。と言われるが財布は気になる。

メデジン・カルテルの中心部、コムナ13地区(いかにもヤバそうな名前)へ行くのはどのバスで行くのがいいのか日本でははっきりとはわからなかった。駅前のバス停ではないようだ。横に人が並んでいて、どうもここらしい。

マイクロバス程度のミニバスは満員だが、皆が席は譲ってくれる。そして車内には手に持ったカセットデッキから音楽を流しながら混雑したバス内を歩くヤバそうなオヤジ。バスはグングン上り坂を登って10分余りで終点に到着。

ここがメデジン・カルテルの巣窟かぁ。いや、巣窟があったところ。

 

モジャ君が駅前にいるボランティアガイドにヒアリング

 

バスの中で歌ってまわる人

 

メデジン・カルテル

メデジン・カルテルについて若干紹介すると、

メデジン・カルテル(スペイン語: Cártel de Medellín)はパブロ・エスコバルによりコロンビアのメデジンに創立された麻薬密売者を組織化したネットワークで、主に1970年代~1980年代に活動していた。資金源は麻薬(特にコカイン)の生産・加工・販売、宝石加工・販売、そして営利誘拐の身代金獲得。その資産は合計で最大280億ドルの資産があったとか?

この麻薬カルテル、左翼ゲリラ、右派民兵組織と政府などが衝突し合いコロンビアは無法地帯と化していき、メデジン全体は政府も手を出せない「世界で最も危険な都市」と呼ばれるようになった。そのメデジンの中でも最も暴力の集中した地区のひとつがこのコムナ13地区。

アメリカ政府による支援を受けたコロンビア政府との間の麻薬戦争では、メデジン・カルテルは頑強に抵抗した。1991年、5年の服役とアメリカへの引渡忌避を条件にエスコバルは出頭し豪華な設備を備え自ら建設した刑務所に収監されたが、収監された刑務所内から組織を動かしていた。その後刑務所から脱走するも1993年に故郷のメデジンの自宅にて特殊作戦部隊との銃撃戦の最中に死亡した。

メデジン・カルテルの首謀者、エスコバル

 

しかし、その間には幹部や部下が投降、あるいは殺害され勢力が弱まりつつあったが、ゲリラは継続しており、当時のウリベ大統領が2002年10月にコムナ13地区で実施したゲリラ掃討作戦「オリオン作戦」を実施した。これがコロンビアで起きた史上最悪の市街戦といわれている。

数千人規模の兵士が市街地に投入され、装甲車やヘリも使われた大規模な作戦であるが、そもそも民間人との見分けが難しく、左派ゲリラとは無関係の住民、多くの罪のない人々が誤認逮捕・失踪・殺害され、2万人の死者を出して麻薬戦争は終結した。しかし多くの住民にとっては今でも深いトラウマになっているそうだ。

一定数のゲリラ組織を排除することはできたが、現在でも山間部にはベネズエラに続く地帯などにゲリラは残存していて、先日の米国の奇襲攻撃でベネズエラ大統領が拘束されるなど、まだ不安要素が残る地域ではある。

一方では

パブロ・エスコバルはメデジンの住人の大半、とりわけ貧困層にとっては救い主のような存在でもあった。コロンビアの貧しい人々とのあいだで友好関係があり、住宅建設事業や市民活動を通じてたびたび資金援助した。生来のスポーツ好きでもあったエスコバルは、サッカー競技場や様々なスポーツが可能な競技場を建設し、子供たちが所属するサッカー団に資金を提供する出資者でもあったし、コロンビアの西部やメデジンの貧困地域に、住宅、公園、学校、競技場、教会を数百万ドル掛けて建設し、貧困層からの人気は高く、メデジンの住人の中にはエスコバルが警察に捕まらないよう見張り役を立てたり、当局から匿おうとすることでエスコバルを守ろうとする者もいた人気者の一面がある。

 

以降の大統領の宣伝によれば、組織は見る影もなくなり元構成員の更生が進められ、その後も麻薬中毒者の徘徊もみられながらも観光地化が進んでいる。というのが公式見解である。

果たしてその実態は?

モジャ君に尋ねると複雑な表情を示し、一人ひとり違う意見が返ってくる。単純に”良かった・悪かった”とは言いきれない歴史で、モジャ君の両親とモジャ君の世代でも意見が異なるようだ。

 

過去には人気のあったエスコバルのTシャツも今や昔話?

 

コロンビアの江の島は俺には厳しい

ミニバスから降りて、上り坂を登っていくのだが今日は土曜日でまるで江の島のように多くの人で賑わっている。人が多いのでスリには気を付けねば!いや俺はすでに財布がないんだ。トホホ・・・

コロンビアの江ノ島?

 

ズンズン登っていくが道の周りは、まさにおみやげ物屋さん、食堂で一杯なのだが狭い道路に張り付いているので、手すりなどの掴むところがない。推定20度ぐらいの勾配である(20度ってバカにはできないんですよ)。300mほど進むと最大の難所であると思った瞬間、体が坂を登り切れずに立つこともできない勾配で転倒してしまった。

さあ坂道で立ち上がるのが一番の難関。と思っていると横から女性の手が出てきた。モジャ君と二人で私を引き上げてくれた。感謝カンゲキ雨嵐なのだが、女性は「私は看護婦だから慣れているの!」とありがたい言葉で何とか平らなところまで引っ張ってくれた。

この先で転倒(女性に目が眩んだ訳ではありません笑)

 

ここからはスロープがあるではないか。やった!楽チンだ。ベンチがあり疲れたので腰を下ろして休むことにする。モジャ君と話していると地元の人から「一緒に写真を撮っていいか?」と来たもんだ。俺は遠く日本から来てここを登頂した有名人か?

 

コロンビアでは私は有名人?

 

ここからはエスカレーター

休憩終了!いざ再開だがここからは有名なエスカレータが9基ほど連続して設置されている。観光地だからではない。コムナ13地区の居住者は町中に出るのも一苦労であったが、政府が再生のためにエスカレータを日本の支援などで設置(ちなみにエスカレータは日本企業の製品)して交通機関の整備と合わせると今まで町に出るのに2時間かかっていたものが、今や30分で出られるようになると就学、就労が進歩的に進み生活が変わったそうな。

 

日本製エスカレーターで頂点へ

 

エスカレータはつづれ織りで設置されていて途中には多くの店もある。頂上は町を一望できるプロムナードのようになっていて、ここでは多くの若者がダンスを披露していている。銭を稼ぐという感覚が感じられず皆が楽しんで披露していてチップは床に置いてある箱などに入れるだけでは俺はタダ見。駅前にいたブルーのポロシャツを着たボランティアガイドも、この地区に雇用を生んでいることは確かだが、よくある観光地でしつこく纏わり付くこともなく、おおらかである。

プロムナードからの眺めは、山肌にビッシリ張り付く住居がこの地区の地形状況を垣間見ることができる。完全に観光地化されていると言っても過言ではないコムナ13地区であった。

 

山頂のプロムナード

 

プロムナードからの眺めで山肌に張り付く家々を実感

 

若者がダンスを披露

 

帰りに来た道を見ると尋常ではないことが理解できる

 

さて、財布はどこに行ったのか、、、次回に書かせて頂きます!

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