「高次脳機能障がい」をご存じだろうか。高次脳機能障がいは、「脳梗塞」や「くも膜下出血」などの「脳血管障がい」や、頭に強い衝撃を受けた際の「脳外傷」によって引き起こされる。いわゆる脳機能に対する障がいで、第三者の目には見えない。患うことで認知・判断能力などが低下する。 【写真で見る】ホンダの医療機関向け新型ドライビングシミュレーター「DB型Model A」。セット内容によって3タイプを用意する
ホンダでは高次脳機能障がいを有する人の運転再開(患う前のように自動車を運転すること)に対して、必要な運転操作ができるかどうか、病院での検査だけでは測りきれない部分の評価サポートを「Honda運転復帰プログラム」として行っている。
このプログラムはA/ドライビングシミュレーターにおける運転操作と、B/実車における運転操作のふたつにわかれ、それぞれの評価をデータとして数値化することで運転再開をアシストする。 具体的にAでは、ドライビングシミュレーターの操作を専用ソフトで解析して数値化しつつ、シミュレーターを操作する身体の動きを作業療法士(リハビリテーションの専門職)が見極める。一方のBでは全国7カ所の「Honda交通教育センター」内で自身がクルマを運転し、操作のすべてを同乗する指導員が確認して見極める。
今回は、Aの領域向けにホンダが開発したシミュレーター機器について「ホンダ安全運転普及本部デジタル推進課」を取材した。 ホンダは、「実車では(体験)できない危険を安全に疑似体験し、危険予測能力を高める」教育機器が必要だとして1996年からシミュレーターの販売を行う。きっかけは、同年に施行された改正道路交通法による「運転シミュレーター経過措置」の廃止までさかのぼる。 製品としての皮切りは、二輪車の教習所向けに開発した搭乗型のライディングシミュレーター「RA型」。続く2001年には改良版として汎用性を高めた「RC5型」を販売する。また同年には、四輪車の教習所向けに同じく搭乗型のドライビングシミュレーター「DA型」の販売もスタートさせた。
「高次脳機能障がい」をご存じだろうか。高次脳機能障がいは、「脳梗塞」や「くも膜下出血」などの「脳血管障がい」や、頭に強い衝撃を受けた際の「脳外傷」によって引き起こされる。いわゆる脳機能に対する障がいで、第三者の目には見えない。患うことで認知・判断能力などが低下する。 【写真で見る】ホンダの医療機関向け新型ドライビングシミュレーター「DB型Model A」。セット内容によって3タイプを用意する ■自動車メーカー「ホンダ」の運転復帰サポート活動とは ホンダでは高次脳機能障がいを有する人の運転再開(患う前のように自動車を運転すること)に対して、必要な運転操作ができるかどうか、病院での検査だけでは測りきれない部分の評価サポートを「Honda運転復帰プログラム」として行っている。
このプログラムはA/ドライビングシミュレーターにおける運転操作と、B/実車における運転操作のふたつにわかれ、それぞれの評価をデータとして数値化することで運転再開をアシストする。 具体的にAでは、ドライビングシミュレーターの操作を専用ソフトで解析して数値化しつつ、シミュレーターを操作する身体の動きを作業療法士(リハビリテーションの専門職)が見極める。一方のBでは全国7カ所の「Honda交通教育センター」内で自身がクルマを運転し、操作のすべてを同乗する指導員が確認して見極める。
今回は、Aの領域向けにホンダが開発したシミュレーター機器について「ホンダ安全運転普及本部デジタル推進課」を取材した。 ホンダは、「実車では(体験)できない危険を安全に疑似体験し、危険予測能力を高める」教育機器が必要だとして1996年からシミュレーターの販売を行う。きっかけは、同年に施行された改正道路交通法による「運転シミュレーター経過措置」の廃止までさかのぼる。 製品としての皮切りは、二輪車の教習所向けに開発した搭乗型のライディングシミュレーター「RA型」。続く2001年には改良版として汎用性を高めた「RC5型」を販売する。また同年には、四輪車の教習所向けに同じく搭乗型のドライビングシミュレーター「DA型」の販売もスタートさせた。
「我々が手がけるドライビングシミュレーターは、いわゆるエンターテインメント向けではありません。運転再開に必要な情報を細かく数値化し、第三者にわかりやすいデータとして示す、このプロセスに特化したシステムとして構築しています」と開発の意義を語る。 筆者も実機に触れてみた。手足で操作するステアリングやペダル類に実車の部品をそのまま使っているため臨場感があった。さらに画面にしても非常に凝ったグラフィックだから、レーシングシミュレーターのようなリアルな車両挙動を画面の中に期待してしまう。
でも実際には、ステアリングの中立付近に存在する実車ならではの落ち着き感はない。操舵力もかなり軽く、スッと動く。そして切り込んだ際の反力もほとんどない。ペダルには若干の反力があるが、実車と比較すれば軽い。 小野さん曰く、「無作為に発生する画面の事象に、被験者がどのタイミングで反応したかを正確に見極めるために必要なセッティングです」という。総合のりものメーカー「ホンダ」ならではのこだわりだ。あくまでも検査機器として成り立っているドライビングシミュレーターであることが理解できた。
●一般的にシミュレーターでは得意/不得意の分野があると言われるが、DB型Model Aはどこが特徴か? 「高次脳機能障がいによって引き起こされる代表的な症状がいくつかあります。今回発売した運転能力評価サポートソフトを実装したDB型Model Aでは、これらの症状を実在の車両パーツを用いた運転環境で検出しやすくしています」という。 全日本指定自動車教習所協会連合会が2019年4月にとりまとめた報告書によると、高次脳機能障がいで患いやすい症状のうち、漫然としてしまう「注意障害」の発生率は群を抜いて高いが、これは従来から行っている机上の神経心理学的検査でも発見しやすい。つまり、ドライビングシミュレーター検査でなくともわかるのだ。
一方で、自身が意識している反対側、たとえば右側に気を取られてしまうと、視野におさまっている(≒見えているはずの)左側の事象に気づかないことがある。 これは「半側空間無視」と呼ばれ神経心理学的検査では検出できない。半側空間無視は、実際の運転環境で事故につながりやすいとの報告もあり、ドライビングシミュレーター検査での確実な検出が求められている。 半側空間無視についてDB型Model Aでは、画面上にランダム表示される赤/黄/青の丸印に対して、アクセル/ブレーキ/ステアリングの各操作がいつ、どのように行われているかを見極めることで効果的に検出できるという。
●実車の運転操作に近づけるため、将来的にはどんなHMI(Human Machine Interface/人と機械の接点)が考えられるか? 「実車に近づけることは大切ですが、同時にシミュレーターでの運転操作をそばで見て判断する作業療法士にとっても扱いやすくなければなりません。よって、運転操作全体が俯瞰しやすい環境(≒システム設計)であることが重要です。ステアリングをまわす際に上半身が必要以上に動いていないか、右側の画面ばかりに気を取られて左側を無視していないかなど、プロセスの可視化につながるHMIの開発が重要だと考えています」
大前提として、人生をまっとうするまでの「平均寿命」と、日常生活が自身の力だけで送れる「健康寿命」とはわけて議論すべきだが、いずれにしても日本は65歳以上の人口が全人口の21%以上を占める「超高齢社会」となって久しい(2021年10月時点で28.9%/令和4年度版高齢社会白書より)。 それに比例して65歳以上の高齢者、75歳以上の後期高齢者が自動車の運転を行う割合も増えている。また、進行具合は人それぞれだが、認知症の疑いのある人が自動車を運転してしまう、もしくは運転免許証の更新に臨む事象もある。
こうした現状に対し事故抑制を目的に、警察庁では75歳以上の人が運転免許証を更新する際、「認知機能検査」の受講を義務づけた。また、75歳以上の人で一定の違反歴がある場合には「運転技能検査」に合格しなければ運転免許証の更新ができないとする法文が2020年に施行された改正道路交通法に織り込まれている。 一方で、今回の取材テーマである高次脳機能障がいを有する人の運転再開ついては、超高齢社会とは異なる課題がある。一口に高次脳機能障がいといっても症状はさまざまあるからだ。
具体的には、新しいことが覚えられない「記憶機能障がい」や、日常生活の整理や計画が追いつかないとされる「遂行機能障がい」、さらに怒りっぽくなる「社会的行動障がい」などが挙げられる。 また、話す/聞く/読む/書くことが難しくなる「失語症」、家族などの判断ができなくなる「失認症」、ものの使い方がわからなくなる「先行症」なども高次脳機能障がいだ。さらに、こうした症状だけを切り取ると認知症に共通する部分があるため見極めも難しい。
冒頭に述べたとおり、高次脳機能障がいは、脳血管障がいや脳外傷によって引き起こされる脳機能に対する障がいだ。第三者の目に見えない障がいで、年齢に関係なく発症する。 しかし、発症後の適切な治療、そしてリハビリテーションをすすめていけば元の生活に戻れる可能性が高い。認知症は進行性の病だが、高次脳機能障がいに進行性はない。そうなると、以前と同じく自動車の運転をしたいという気持ちが芽生えるのは当然のこと。
実例として、脳を損傷され千葉県千葉リハビリテーションセンターに通われている人のうち、運転再開希望者は2009年から2016年の間で約2倍に増加したという(出典/全日本指定自動車教習所協会連合会)。 とはいえ、高次脳機能障がいを患った人が自動車の運転を再開するには、長い時間と大変な労力を必要とする。
まず第1ステップとして、運転再開を希望する本人が病院などで相談を行う。病院では医師や作業療法士を含めた協議がなされ、必要な検査を実施し、得られた検査の結果の協議と、本人を交えた面談を経て、公安委員会提出用の診断書が手渡される。
続く第2ステップとして、診断書を手にした本人が、今度は運転免許試験場に出向き、臨時適正相談と検査を受け、ようやく運転再開への道が拓かれる。 病院に相談すればすべてが丸く収まるわけではない。症状は人それぞれなので、その人に合った確実な検査と、結果の協議が必要だ。また、そもそも病院へ相談するにしても治療が目的ではなく、あくまでも運転能力の評価にとどまっている。よって、作業療法士のもとで行われる検査だけで運転能力が正しく測れているか不明確である。これも課題のひとつだ。
これに対し、Honda運転復帰プログラムにおけるドライビングシミュレーターでは、実際の運転環境に近い状態で検査を行うことで、医師や作業療法士が適切な判断を行う材料のひとつとして活用され、着実に成果を上げている。 「ステアリングを左右に大きく動かしている時に問いかけを行ってどんな反応があるか、頭を動かした目視による安全確認をする際、確認には関係のない行動がないかなど、人それぞれが抱える症状に特化した検査が行えるのでありがたい」と、ドライビングシミュレーターを導入した病院の理学療法士/作業療法士からも賛同の声が聞かれるという。
高次脳機能障がいを有した人が自動車の運転を再開するためには課題がふたつある。①運転能力が保たれているか、②いかにして運転免許証の取得や更新を行うのか。 ①については今回のドライビングシミュレーターや連携する医療機関が大きな役割を果たし、②については警察庁や公安委員会が決定する内容だ。①の観点は「人」、②の観点は「事務手続き」という別次元の話だが、再開を願う人からすれば運転適性の見極めと、免許証の取得や更新にかかる手続きは同次元であり、連動して解決する必要がある。
筆者の話で恐縮だが、晩年、実父が高次脳機能障がいを患い、同時に右手と右足の一部が不自由になった。若い頃から乗り物が大好きで、ホンダ「S600 クーペ」をはじめ大型バイクにも乗っていたことから、リハビリ生活を続けながら、運転免許証だけは可能な限り更新したいという意志を抱いていた。 残念ながら当時はHonda運転復帰プログラムの開始前であり、他の手段を講じても運転再開にはたどりつけなかったが、リハビリ効果によって亡くなる前に1度だけ、運転免許証の更新が行えた。ただ、更新の後も自身の判断から亡くなるまでステアリングを握ることはなかったが、更新ができた達成感からQOLが高められるなど満足度は大きかったようだ。
ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、「人の命を預かるクルマを造っている会社だ。お客さまの安全を守る活動は一生懸命やるのが当たり前」との想いを残している。ホンダがHonda運転復帰プログラムを行うことの意義は、まさにこの言葉が示している。現在、こうした各種プログラムとドライビングシミュレーターを連動させて自社開発し、事業化している自動車メーカーは世界でホンダのみとのこと。 実車の開発で培われる事柄がそのままドライビングシミュレーターに活かされることはない。けれど、運転再開を願う人の心にホンダの技術は静かに寄り添い続ける。
西村 直人 :交通コメンテーター
引用:東洋経済
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