Jan 31, 2023
ロングランヒットを記録した『人生フルーツ』など、これまで13作の秀作ドキュメンタリーを映画化し、評判を高めてきた東海テレビの新作、『チョコレートな人々』が、1月2日から東京のポレポレ東中野ほか全国で公開されている。
同作は「ドキュメンタリーといえば東海テレビ」というイメージを育ててきた敏腕プロデューサー、阿武野勝彦さんがプロデュースし、主役の夏目浩次さんを長年追いかけてきた鈴木祐司さんが監督した。2021年3月にはテレビ放送され、2021年の日本民間放送連盟賞テレビ部門でグランプリを受賞している。
舞台は愛知県豊橋市を拠点に、菓子製造・販売を行う久遠チョコレート。店舗は北海道から鹿児島まで40店を展開する(2022年12月末時点)。余分な植物油などを加えずていねいにカカオ本来の味を生かした100パーセントのピュアチョコレートに、ドライフルーツやナッツ、お茶などを砕いたチップを混ぜ込んだ「QUONテリーヌ」が看板商品。店によっては地域の特産品を入れるオリジナルチョコもあり、150種類以上ものバリエーションがある。
2014年にチョコレートの事業を立ち上げ、現在は約570人もの従業員が働くが、そのうち約6割が何らかの障がいを抱える。番組が放送されると、「久遠チョコレートは軽度障がいの人だけでやっている」と陰口をたたかれたことから、代表の夏目さんは2021年7月1日に、中に混ぜ込む食品を内製化する「パウダーラボ」を立ち上げて重度障がいの人たちも雇った。そんな夏目さんの取り組みを追いかける作品である。本記事では、チョコレートという商品を中心に、夏目さんに注目する鈴木監督の作品をご紹介したい。
障がい者に1人前の給料を払う、という困難
「障がい者の方に1人前の給料を払えるほど稼ぐことは、実は福祉施設で大きな課題になっているんです。夏目さんの事業はそれができているので、以前から何かあれば周囲から『あそこは軽い障がい者を集めているからできるんだ』と言われ、悔しい思いをされてきたんですね。障がい者雇用について社会の刺激になるように、とメディアにも積極的に出て自分をさらけ出しているのに、いつも同じ批判をされてしまう。それで、パウダーラボを立ち上げたんです」と鈴木監督は説明する。
作中、パウダーラボで働き始めた重い知的障がいとダウン症を抱える荒木啓暢さんが、石臼を使う作業がしにくくイラ立つ様子を見て、夏目さんが扱いやすい機械に変更する場面が出てくる。人に合わせたオペレーションを工夫することが、久遠チョコレートの発展の要因と伝わる場面だ。給料が増えると、荒木さんは介護ヘルパーの助けを借りながら1人暮らしもできるようになった。
テレビ放送の3カ月る人、機関車みたいな人」と夏目さんを評したうえで、以前から中度以上の障がい者の息子や娘を持つ母親たちに「うちの子も働かせたい」と言われており、何かしたいと夏目さんが考えていたと語る。折よく、空き店舗があり、チョコレート事業の利益も上がっていたことから、パウダーラボは開設できたのである。
夏目さんが障がい者雇用に積極的なのは、バリアフリー建築を学んでいた大学時代に、「障がい者の全国平均の月給が1万円(厚生労働省のウェブサイト「障害者の就労支援対策の状況」によると、一般企業に雇用されることが困難であって、雇用契約に基づく就労が困難である就労継続支援B型の人の平均月給は2020年時点で15,776円)」という安さに驚いたことがベースにある。まず、2003年に豊橋市の花園商店街で、障がい者を積極的に雇うパン工房を設立した。その取り組みを鈴木監督は取材し、2004年に『あきないの人々~夏・花園商店街~』というドキュメンタリー番組にまとめていた。
夏目さんとの関係はその後も継続。「ドキュメンタリーはたくさん通って取材するので、いろいろお話しします。当時夏目さんは26歳、僕が30歳で、年が近かったこともあり、ざっくばらんに福祉の考え方や商売の大変さなどいろいろ話してくださったんです。そのうち一緒に飲みに行くようになり、僕としては友人のつもりでお付き合いしています。夏目さんは次々と新しいことに挑戦され、お話も刺激的。いろいろな方が働いている店に行くのも楽しいので、遊びに行きつつときどきカメラも回して一応撮っておくようになりました」と鈴木監督。いつか1本の作品にまとめたい、と思っていたところ、阿武野プロデューサーから声をかけられ、同作は誕生した。
障がい者を雇うパン屋は多い。「東京のスワンベーカリーさんが成功し、障がい者を雇用するパン屋は増えたのですが、中度や重度の障がいの方はなかなか関われない。発酵時間を間違える、焦げるなど失敗すれば、ロスになってしまいますし、基本的に製造した当日しか売れない。夏目さんはもっといい事業はないか、と清掃業、印刷業、カフェや食堂などいろいろ挑戦したのですが、どれも多くの人を巻き込むのはすごく難しかったそうです」。パン工房時代に取材したときは、夏目さんご夫婦の給料が出ない状態だったことが、映画にも出てくる。
チョコレート製造なら、失敗してもやり直せる
2013年、夏目さんは異業種交流会でトップショコラティエの野口和男さんと出会う。野口さんは、40歳から独学で材料調達から製品開発まで学んでショコラティエに転身。星つきレストランや一流ホテルなどのチョコレートブランド開発に携わってきた。野口さんから、チョコレートは失敗したら溶かしてやり直せること、工程を分解し一つ一つの作業のプロになればできる、と教わる。野口さんは現在、久遠チョコレートのシェフショコラティエを務めている。
チョコレートには、テンパリングという難しい工程がある。カカオバターの結晶を安定させツヤを出す作業で、繊細な温度管理が必要なのだ。しかし、そうした作業に集中力を発揮する障がい者のスタッフもいる。手先が器用な人はラッピングをするなど、適材適所で分担する久遠チョコレートは、質の高いチョコレートを製造している。
障がい者雇用にチョコレートの製造・販売が適している理由として、「パンは発酵時間も含めて製造に何時間もかかりますが、チョコレートは40分ぐらいでできる。利益率も高い。テンパリングも最高温度が50度ぐらいなので、火傷しない。さらにチョコレート、シャンパン、花は三大ギフトと言われていまして、チョコレートをもらえばだいたいの人が喜ぶ。2000年代以降に高級チョコレートのブームが来て盛り上がってきていますし、QUONテリーヌは1枚250円ほどと手を出しやすい価格に設定しているので日常用でも買える。賞味期限も3カ月ほどと長いのでロスが出にくいですし、催事の際は作りためができます。もちろんやり直せることでもロスを減らせます」と鈴木監督は説明する。
久遠チョコレートのチョコは、有機農法と森林農法をベースに農園を管理しフェアトレードの精神に基づくKAOKA社などからカカオを仕入れる、できる限り有機食材を入れるなど社会貢献的な側面を持つ。障がい者が自立して暮らせる給料を保証する職場は、結果的に誰もが働きやすいため、シングルペアレントや性同一性障がいの人など、安定した職を得にくい人たちも集まっている。
チョコレートは、SDGs的な側面でも近年ますます注目されている。2010年代半ばからカカオ豆の仕入れからチョコレートまで一貫生産を行うビーン・トゥ・バーのブランドが次々と開業し、産地の搾取につながってきた従来の生産体制に 目を向ける人も増えている。混ぜ込む食材や、イチゴ味、抹茶味、ほうじ茶味などベースのチョコの味もバリエーションを広げやすいので選択肢が広がり、リピーターを生みやすい。地元の食材を使うことは地域活性化にもつながる。形が不ぞろいな果物なども使えるので、食品ロスも防いでいる。
チョコレートを選んだ結果、久遠チョコレートは多方面でSDGsに取り組む会社、と言える職場にもなっているのだ。
罪悪感を抱かずに観られる魅力の源泉は?
もう一つ興味深いのは、ビジネスとしても成功しているため、福祉に興味がない人にも関心を広げられることだ。2022年9月16日放送の『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)でも、同社が紹介されている。
夏目さんを中心に、何人もの従業員の人物像を紹介する『チョコレートな人々』自体、説教がましさは一切なく観客が罪悪感を抱かずに、稀有な会社の取り組みを観ることが可能な構成になっている。それは、夏目さんと久遠チョコレートについてよく知る鈴木監督の視点によるのだろう。
親しくなり過ぎて聞きづらい厳しい質問は「カメラマンがしてくれる」と、はにかみながら話す鈴木監督の優しさも、取材した人たちの奮闘ぶりをフラットな視線で描く映像につながっているようだ。ベテランのカメラマンと編集のスタッフのおかげでまとまった、とスタッフへの感謝も忘れない。同作のプロダクション・ノートで、阿武野プロデューサーは、鈴木監督を「持続力がある。一つの村が丸ごと水没した『徳山ダム』、四日市公害のその後など、番組にした題材について目を離さず取材を続ける」と評する。
残念ながら東京都内には久遠チョコレートの店は現在ないが、観ているうちに、チョコレートが食べたくなる。夏目さんの取り組みに刺激を受け、いろいろな人が多様な人を雇う職場を作って欲しい、久遠チョコレートの店がもっと増えてどこでも手に入るようになって欲しい、と願いたくなる作品である。
1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。
引用:Yahoo!ニュース